脳みそが汗する季節になりました。

  天高く馬肥ゆる、鰯雲・灯火親しむ、紅葉の、読書の、食欲の、名月の、そして実りの秋です。夏が過ぎたら、いよいよ脳みそが汗する季節になりました。
 今、心配なこと。汗するほどに脳みそを使う子どもたちが少なくなりました。考えるより先に、答えを知りたがります。○なのか×なのか、を気にします。テストで良い点を取ることが最優先の課題となっているのです。仕事に対する大人の社会も同じなのですが、学習を効率良くやることが求められている時代の反映であることは否めません。
 効率を重んじる風潮は、現代のような高度情報化社会においては当然の産物となるのでしょうが、逆にスローであることの良さ、も見直されてきているように思います。
 無駄かもしれないけれど、回り道をしながらでも、ある一つの考え方に到達したときの喜びには、なにものにも替えがたいものがあります。自分の足で山の頂上を極めた時の満足感です。子どもたちひとりひとりに、脳みそに汗しながら手にした何かの考え、それが空想であっても、絵空事であっても、自分でたどり着いたオリジナルな考え、を持った時の喜びとワクワクするような感動を覚えてもらいたいものです。会得してもらいたいものです。
 そのためには、聞き手である親や先生や周りの大人たちの、余裕のあるゆったりとした態度が求められます。
 集団の中で、スローであることはたいへん心の辛いことでもありました。仲間たちに自分が遅いことで迷惑をかけている、という気持ちは、できることなら小さな穴に逃げ込みたい心境にもなりました。スローであることは、日本の集団教育の中で罵倒されつづけてきました。こうしたことを続けてきた結果、効率のみを重要視する風潮がつくられてしまいました。今その考えははっきりと見直されるべきです。スローが良い、ということではありません。もちろん早いことが良い、ということでもありません。人ひとりひとりが自分のペースとリズムをもって生きているのであって、自分のリズムを大切に生きることがベストなのではないか、と非常に強く思うようになったこのごろです。

(自由学舎塾長:下田秀明 )  

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