『志』

   新しい年が始まり、入学試験の季節到来です。子供たち若者たちにとって、自分の青春時代の多くの時間を過ごす学校、その学校を選び決める節目の季節です。
 が以前ほど、受験シーズンというピンと張り詰めた緊張感のある空気が伝わらなくなってきました。その原因の大きな一つに、推薦制度の普及があげられます。推薦による入試は、現在在籍している学校での評価と目指す学校での面接による選考が主ですので、机にしがみついて自分の学力を磨く必要を無くしました。最後の最後まで学力検査を受けなければならない若者たちが少なくなってきたわけです。そしてまた、結果として最近よく言われている『学力低下』を招く元となっている可能性も否定できません。
 推薦入試という制度そのものは、生徒を選抜する一つの手段として当然の方法であり、その善悪が問われるものではありません。が、学校にいた時の評価のあり方によって、その評価が大部分を占めてしまう方法によって、子供たちの進学する学校が決まるということは、評価する側は必然的に大変な権限を持つことにつながってしまいます。先生に良く思われている生徒の評価が良くなることが当然起こってきます。ならば、なるべく公明に評価方法を作り、その方法をはっきりと告知することによって可能な限りの公平平等なる評価に近づけようとの考え方が広がってきました。

 そしてついに恐るべき告知が。

 生徒会会長=5点、副会長=5点、書記=4点、会計=4点、委員会委員長=3点。ある高校の入試では教科の点数にこの点数が加算されて得点になるのです。各学校ごとにこれと似たような基準が明確に発表されました。生徒会だけでなく、部活動での活躍にも点数がつきました。県大会出場で5点、全国大会や関東大会出場で7点、・・・など。どうでしょうか、みなさん。僕が、私が、学校の空気を少しでも良くしたいと思って、生徒会に立候補します、それは、まさに5点という点数をもらうためにやることではありません。あいつは点稼ぎのために立候補したなんて言われたら、もうたまったものではありません。しかし、そんな漫画みたいな現実が今ここに出来上がってしまっているのです。こころある子供たちはもう、笑ってしまうしか手はありません。例えば、ある生徒の勇気ある行為でクラスが良い雰囲気になった、将棋の大会で優勝した、家の隣に住んでいる身体の弱いおばあちゃんにいつも優しくしている、・・・これにも点数をつけるというのでしょうか?

 『徳を積む』とは、自分の心に向かってすること(徳は天に積むもの)で、他人に見せつけるためのものではありません、いわんや評価の対象にするようなものではありません。もし、誰かがどうしても評価しないといけない時には、そのことをひっそりと黙ってすることなのです。本当に心から生徒会長をやった方が良い人は、5点もらえると言われたらその仕事を受けられなくなってしまいます。点を取りたいがために生徒会に入った人ばかりでの運営だったら、一体どんな生徒会になってしまうのでしょう?

 自由学舎に集う生徒たちから、自分の通う学校への失望感をよく耳にします。何のための教育の場なのか、今まさに原点に立ち返って考えなおさなければならない時なのではないでしょうか。

 『志』をつくる、『志』のある人を育てる、これが今、僕の心の底から出てきている、目の前にいる子供たち、若者たちに向かっての言葉です。  

(自由学舎塾長:下田秀明 )


ウワバミ BACK