Kくんの合格  自由学舎主宰 下田秀明


 朝から太陽の光がまぶしかった。3月初旬のうららかな春の朝。携帯電話のベルが鳴る。『先生、合格しました!ありがとうございました。』とKからの報告。中学、高校、私立大学ほとんどの学校の合格発表はすでに終わっていて、後は、国立大学1校しか受験しない彼一人の発表が残っていた。その知らせを受けた瞬間、僕はもう天にも昇る気持ちだった。嬉しかった。傍らに置いてあるギターを持って、庭に飛び出した。『Sunshine on my shoulders makes me happy, sunshine in my eyes can make me cry, ……』と、ギターを弾きながら、天に向かって歌っていた。彼の、苦しかった長い月日が、ようやく今報われた。まだまだ人生の出発点でしかないけれど、少なくとも今までの人生のリセットボタンを押すことが出来た。との想いが胸いっぱいに広がった。
 Kは中学受験をして、超難関私立中学に合格。しばらくは通っていたが、すぐに行けなくなった。そして行かなくなった。そのまま高校にも行かなかった。縁があって、僕を訪ねて来る。初めはマンツーマンでの授業しか出来なかった。何かしら突破口を開こうとFRC(フューチャーズランニングクラブ)で一緒に走ろうと誘った。初め、本人は来なかったが、父親が来て走る。その父は走ることに熱中した。走ることが楽しくなった。その楽しさが彼を動かした。一緒に走って、大汗をかいて、綱島温泉に入って、笑いあえる楽しい時間が出来た。そして1泊の合宿に行った。根っから朗らかな後輩たちがいた。トランプの大貧民ゲームやウィンクキラーで遊ぶうちに、「先輩、先輩」と慕われるようになる。友達になった。後輩が出来た。後輩たちが可愛くなった。3泊4日のスキー合宿に行った。4泊5日の勉強合宿にも行った。そして、マンツーマンの授業から普通の個別のクラスに出られるようになった。勉強がものすごい勢いで進みだす。大検にも合格し、大学に進学したいという気持ちが心の中に現れた。国立大学を目指す。本や参考書を読んで、分からないことを我々に問う。他には何の講義も受けていない。英語、数学、国語、理科2科目、社会2科目、合計7科目の充分な学力が果たしてつくのか。受験のレベルにまで到達できるのだろうか。
 それで充分だった。センター試験は平均して9割が正解だった。2次の論文試験も手ごたえがあった。そして発表の当日、その夢がかなった。今、Kは大学での生活を謳歌している。夜は、僕の手伝いに来て、愛すべき後輩たちの面倒を見ている。初めてもらったバイト料で、可愛い後輩たちを大勢カラオケに連れて行った。
 その店ではしゃぎまわるみんなの姿が目に浮かぶ。楽しいこと、それが一番だ。我慢して、辛く楽しくないこともやれば出来るが、そんなに長続きはしない。楽しいから長続きする。長続きするから、よりいっそう楽しくなる。Kが辛かっただろう青春時代を前向きに乗り越えつつある今、その原動力が何であったのか、よく考える。走ることが楽しくてしようがない父。笑いの絶えない仲間たち。…………そのような周囲の笑顔の中で、元気を取り戻していったことは確かだと思う。弱った水槽の魚も、水がきれいになれば元気になる。我々人間も、森のさわやかな空気を吸えば、英気に満たされる。同じだなあと思う。

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