〜カントリー・ミュージックの想い出〜

    
■ 「Hank & Audrey with The Drifting Cowboys」

私の音楽体験の中で、
特にドラマティックな想い出が、沢山詰っている為、
何となく扱いが遅くなってしまいました。

このページでは、私の田舎生活での50年代と、
60年以降の2つに分けて書こうと思います。

 そして、60年代以降の想い出は、
 ハンク・ウイリアムスハンク・スノウ マーティ・ロビンスその他 
自分も歌った懐かしい人達と歌の数々、そして、聴いて楽しんだ時代のカントリー・シンガーや
曲について、思いつくまま進めようと思います。

 
@ 50年代の想い出。(高校時代まで)

 小学校低学年時代は、朝鮮戦争もあり、民間放送も始まったばかりで、
番組といっても、NHKラジオの 「紅白歌合戦」 「君の名は」 ぐらいが楽しみという有様でした。
 道路に木炭車が走っていましたし、子供の私なども、遊び半分とはいうものの、落ちている鉄くずを、
近くのくず物屋に売って、お小遣いにした想い出があります。

 戦後復興の厳しい時代でした。食べ物も、着物も、住宅もおぼつかない我慢の時期でしたが、
小学高学年になると、テレビで、プロレス中継を観た憶えがありますから、
経済の回復も目覚しい速度だったのでしょうし、国威発揚のために、マスコミも頑張ったのかもしれません。

 
親は、大変だったでしょうが、子供にとっては、毎日が楽しく、鬼ごっこ、ビー球、
竹馬、パッチン、棒飛ばし…。暗くなるまで、外でワイワイやっていたものです。
今の子供達より幸せだったはずで、私の場合、親が映画好きだったおかげで、より幸せでした。

 
■ 「Colt Peacemaker」


▽ 小学から中学低学年の頃、西部劇映画で、
ウエスタン音楽 を知ることになりました。

♪ 「真昼の決闘」: 
「ハイ・ヌーン」: テックス・リッター。 
ゲーリー・クーパーと、グレース・ケリー主演で、名作と言われています。
状況が似ている「必殺の一弾」 のほうが、私にとっては、好きな映画ですが、
歌もかなりヒットしました。フランキー・レーンの歌の印象の方が強く残っています。

♪ 「シェーン」: 
「遥かなる山の呼び声」  これぞジョージ・スティーブンス監督の不朽の名作です。
音楽は、ビクター・ヤングのインストですが、随分ヒットしました。悪役のジャック・パランスのカッコ良さ、
別れのラスト・シーンは、今も鮮明ですし、この映画の出演者が後に、次々と亡くなっていくという、
ミステリアスな話題も忘れられません。

♪ 「大砂塵」: 
「ジャニー・ギター」: ペギー・リー 。 男優のスターリング・ヘイドンより、
ジョン・クロフォードの逞しい女の印象の強い映画でした。ペプシ・コーラの社長だとか聴いた事があります。
 親しみやすいメロディから、比較的早くから、私の持ち歌になったものでした。

♪ 「帰らざる河」:
 「帰らざる河」: マリリン・モンロー。 ロバート・ミッチャムは好きな俳優で、
異色西部劇でしたが、モンローの愛らしさの良く出た映画でした。
この年あたり、モンロー&ディマジオが、新婚旅行で日本へ来たはずです。

♪ 「アラモの砦」: 主演のスターリング・ヘイドンは、ヌーボーとした風情で、
確かジム・ボウイ役でしたが、好きな俳優でした。
挿入歌かどうか忘れましたが、
「デイヴィー・クロケットの唄」: テネシー・アーニー・フォード  で流行りました。

♪ 「誇り高き男」:
 「誇り高き男」 主演のロバート・ライアンがあまり好きではないのですが、
共演のジェフリー・ハンターは、気に入っていました。「捜索者」 でも好演しています。
映画音楽は、珍しく口笛でしたが、少し後で流行った、スリー・サンズの独特の演奏のほうが、
印象に残っています。

 ラジオで聴いた曲で印象に残っているのは、
 
♪ 「テネシー・ワルツ」: パティ・ペイジ。 
永遠の名曲といえます。江利チエミのデビュー曲だったように記憶しています。
後に、歌詞を男用に変えて、持ち歌にしたものです。

 「涙のワルツ」: パティ・ペイジ。 この頃、カントリー・ソングが、ビッグ・バンド出身の歌手にも好まれ、
アメリカでのカントリー・ソングの、圧倒的な人気のほどがうかがえます。

♪ 「ジャンバラヤ」: ジョー・スタッフォード。
 彼女は、私のアイドルですが、ハンク・ウイリアムスと同時のヒットのはずなのに、
彼女しか印象にありません。

♪ 「エニー・タイム」: エディ・フィッシャー。
 彼のビッグ・ヒットです。彼を嫌いな私としては、エディ・アーノルドより、ヒットした事が納得いきません。

 残念な事に、同じ時期にヒットしたはずの、ハンク・ウイリアムスの、
「ジャンバラヤ」や、
「ユア・チーティング・ハート」 、ハンク・スノウの 「涙のワルツ」 などをどうしても想いだせません。
放送されなかったのか、聴いていなかったのか、…。
 生きているハンク・ウイリアムスの声に、憶えが無い事が、同じ時代を生きた者として悔やまれます。
成人してから、最もお気に入りになる二人で、ハンク・スノウは、大学時代ライブを観るチャンスがあったのに、
ハンク・ウイリアムスだけは…。
 
■ 「Johnny Guitar 」 : Peggy Lee

▽ 中学時代の後半は、何といっても、プレスリーが衝撃的なデビューをし、
ヒット・チャートのほとんどが、彼の歌で占められていました。
それでも、その後カントリー歌手として知ることになる何人かは、ヒットを飛ばしていました。
 プレスリーも、ロカビリーということで、カントリー・ミュージックの範疇に入るのかもしれませんが、
一般的に現在では、ロックン・ロールは、別ジャンルでとらえられています。

♪ 「ブルースを歌おう」 : ガイ・ミッチェル  又は マーティ・ロビンス。 
マーティ・ロビンスは、大好きな歌手で、特にこの歌は、曲も、伴奏もシャレていて気に入っていました。
但し、彼の声は音域が広く、なかなか真似できない辛さがありました。

♪ 「風来坊」 :テックス・リッター。この歌は、比較的キーも合い、歌いやすい事もあり、
その後レパートリーに入りました。

♪ 「ホンキー・トンク・マン」 : ジョニー・ホートン 。 若くして亡くなった歌手です。
 ジョン・ウエインの 「アラスカ魂」
♪ 「ノース・トゥ・アラスカ」 は、大学時代の映画でしたが、
アラスカが舞台の西部劇という設定も面白く、歌も、確かヒット・チャートの1位を飾ったはずです。

♪ 「16トン」:  テネシー・アーニー・フォード。マリリン・モンローの歌った 「帰らざる河」  も、
当然ながら、彼のバージョンの方が、素晴らしい出来栄えです。

※ S盤アワー、L盤アワー、ユア・ヒットパレードなど、
民放のポピュラー・ヒット・チャート番組が充実してきた時期で、
雑音の中から聴こえる外国音楽は、最大の楽しみでした。

※ カントリー・ソングが、
「ベサメ・ムーチョ」:トリオロス・パンチョス。 
「ハーレム・ノクターン」:サム・テーラー。 「ムーンライト・セレナーデ」:グレン・ミラー。 
「エデンの東」:ビクター・ヤング などと一緒に、ポピュラー・ミュージックのヒット・チャート上で争っていて、
ジャンルがどうのと、こだわりの無い、おおらかな時代でした。

※ 
「霧のロンドン・ブリッジ」: ジョー・スタッフォード、「オンリー・ユー」: ザ・プラターズ、それと、
「ハートブレイク・ホテル」: エルビス・プレスリーなどなど、音楽が大きく方向転換する時期であり、
私にとって生涯忘れられない、重要な曲が沢山発表された時期でもあります。
 

■ 「Kusunoki」


※ 最新の外国情報を享受していたわりには、
普段の生活は、なかなかのものでした。
 学校は山の麓で、校舎の後ろは神社でしたから、
昼休みはいつも、神社へ遊びにいきました。
自慢の手裏剣で忍者遊びをし、疲れると、自分の陣地(大木の一本一本が、
それぞれの陣地と決まっていて、木のまたに、枝や葉を敷いて居心地よくしてあった)で、
よく昼寝をしました。授業が終わると、今日は山へ行こう、今日は川で黄鉄鉱探しをしようと、
忙しい毎日でした。

 秋になると、一段と幸せで、道端にまで張り出したリンゴをもぎ取って食べ、ざくろを棒で落とし…。
その程度のいたずらが許された時代でした。(もっとも、怒鳴られた事はありますが。)
 休みの日は朝から忙しく、自分で作ったヤスの出来栄えを千曲川で試したり、泳いだり…。
 家にじっとしている事は先ずありませんでした。家でゴロゴロしていたら、
逆に、親に叱られたんだろうと思います。

 当時一番の労作は、裏の空き地に何日もかけて作ったバンガローです。
いらない板切れでこしらえた粗末なものでしたが、出来上がった時の充足感は、
今でも憶えています。一緒に作った仲間が持ち寄った、握り飯や、駄菓子をほおばり、
バカを言い合いながら過ごしたものでした。

 今考えると、かなりのクリエイティブ・ライフを満喫していたものです。
親も先生も、あまり子供の世界に介入する事は無く、子供もそこら辺の、
程度を心得ていたのかも知れません。
 そんな毎日だったから、外国の情報は、鮮烈だったとも言えます。

 
■ 「Marty Robbins」

▽ 高校時代になると、
パット・ブーン、コニー・フランシス、バディ・ホリー、
ポール・アンカ、リトル・リチャード、
チャック・ベリー、など等、若向きのポピュラー・ソングが、
圧倒的にヒット・チャートを賑わしてきます。
プレスリーのロックン・ロールによって、新しいポピュラー・ミュージック・エイジが、スタートしたのです。

 カントリー・ソングっぽい歌は、
♪ 「ママ・ギター」: ドン・コーネル又はアンディ・グリフィス。
この曲を、もう1度聴きたいと、ずっと想い続けています。

♪ 「ヤング・ラブ」: ソニー・ジェームス 又は タブ・ハンター。
 当然、ソニー・ジェームスですが、彼と、マーティ・ロビンスを、混同することがあるほど、歌が上手です。

♪ 「北風」: テキサス・ビル・ストレングス 。昔は、ドーナッツ盤しか、なかなか買えなかったという事と、
歌いたいから歌詞カードが付いていて、手頃だった事もあります。
 ほとんどのレコードを失ったのですが、これは、不思議と今でも残っています。

♪ 「OK牧場の決闘」: フランキー・レイン。彼の歌は、あまりにも力強く
、カントリー・シンガーとしてはやや不満があります。  

♪ 「ホワイト・スポーツ・コート」: マーティー・ロビンス 。
これも忘れられないお気に入りの曲です。

♪ 「トム・ドゥリー」:  キングストン・トリオ。フォーク・ソングのはしりでした。
60年代に、大きく花開く事になります。  

♪ 「思わせぶり」:  コンウェイ・トゥイッティ 。彼がポピュラー・シンガーから、
カントリー・シンガーと呼ばれるようになるまで、随分時間がかかりました。

♪ 「フジヤマ・ママ」:  ワンダ・ジャクソン 。パンチある歌声は、魅力がありました。
♪ 
「ノー・ウエディング・ベルズ・フォー・ジョー」 など想い出の、カントリー・ソングです。

♪ 「アイム・ウオーキン」: リッキー・ネルソン 。
彼は、この頃、絶好調で、ヒット・ナンバーは、何曲もありました。

♪ 「フォー・ウオールズ」: ジム・リーブス。正調カントリー・シンガーで、
♪ 
「浮気はやめなよ」
 などでの暖かい低音の響きは、ワン・アンド・オンリーの魅力に溢れていました。

♪ 「バイ・バイ・ラブ」: エバリー・ブラザース。この歌は、後に、よく歌って、お馴染みになりました。

♪ 「谷間に三つの鐘か鳴る」: ブラウンズ 。コーラスものはあまり好きではないのですが、
随分ヒットしたように憶えています。

 これらは、当時ラジオのヒット・チャートで覚えた曲です。

 「ヤング・ラブ」 や 「ホワイト・スポーツ・コート」 は、今でも大好きな曲で、時々聴いています。
※ 後に、ファーリン・ハスキーやファロン・ヤングのヒット曲を、自分の持ち歌にしたのですが、
既に、聞き覚えがあったことから、高校時代に、他にも、いろいろなカントリー・ソングを、無意識のうちに、
聴いていた事は、間違いありません。

 
高校時代までは、ポピュラー・ミュージック番組で、ウエスタン・ミュージックを聴いていましたから、
カントリー・アンド・ウエスタン、というジャンルにこだわって、興味を持ったのは、大学時代かもしれません。
   
■ 「“Texas”Bill Strength / Hank Williams」


▽ 大学時代…。ロイ・エイカフ、ハンク・ウイリアムス、
スノウ、トンプソン、エディ・アーノルド、
テネシー・アーニー・フォード、ジム・リーブス、
レイ・プライス、ウエッブ・ピアース、テックス・リッター、
マーティ・ロビンス、ポーター・ワゴナー、ドン・ギブスン…。
女性で、キティ・ウエルズ、ドッティ・ウエスト、パッツィ・クライン…。
アコースティックで、ビル・モンロー。
ギタリスト:チェット・アトキンス…すぐ思い浮かぶアーティスト達です。

 基本スタンスは、自分の声に合った歌手、歌を見つけて、一生懸命憶える、というものでした。
カントリー・ミュージックだけは、歌うものだと決めていましたから。
(この話の続きは、いつかしたいとは思っていますが…。)

 スィング・ジャズ、モダン・ジャズ、ディキシーランド・ジャズ、ハワイアン、
タンゴ、マンボ、その他のラテン・ミュージックなど、現在でも、ジャンルにこだわらず好きな原因は、
あの頃の音楽番組の影響が強く、子供の頃の体験は、記憶というより、
身体に染み付くほどの影響力があることを思い知らされます。

       

※ テレビ放映初期の頃は、NHKだけでしたし、ドラマの推理物といっても 
「日間名氏飛び出す」 ぐらいで、淋しいものでした。
 でも、この番組は、いつもドラッグ・ストアのカウンターに座って、
コーヒーを飲みながらパイプをくゆらしている、日間名氏という探偵と、カウンター内にいる女性、
おっちょこちょいの、アシスタントとのやりとりがお約束の…、今考えると変てこなドラマでした。
ドラッグ・ストアなんて聴いた事も無く、妙にオシャレな印象を受け、楽しんで見ていたものでした。

 後年、パイプをくゆらす事になったのは、団伊久磨の影響ではなく、
日間名氏のイメージが残っていたのかもしれない、などと述懐しています。コーヒー好きも恐らく…。


※ 50年代後半になると、外国テレビ映画が次々に放映されて、
充実した内容で映画と同じぐらい楽しみでした。
とは言え、田舎のテレビは、3チャンネルしかなく、その事が、
東京に憧れる大きな要因になっていたのは確かです。
いつの時代でも、都会が魅力的なのは、情報の豊富さにあるのでしょう。
 ネット時代でも、変わらないと思いますが、都会のマイナス・イメージも増大していますから、
今後どうなるものやら…。

  
■ 「Country & Western」


「ローン・レンジャー」 に始まり、「コルト45」 
「西部のパラディン」 「ガン・スモーク」 
「バット・マスターソン」 「マーベリック」 「ブロンコ」 
「ライフル・マン」 「拳銃無宿」「ボナンザ」 「ローハイド」
「ララミー牧場」
 沢山の西部劇ドラマ、そして懐かしいテーマ曲を、
当時の状況と一緒に想い出します。

 中でも、「コルト45」 のウエイド・プレストン。
 「マーベリック」 のジェームス・ガーナ−。 
「ローハイド」 のクリント・イーストウッドは、好きな俳優でした。
 西部劇ではなかったのですが、特に、心に残るテレビ番組があります。

「ペリー・メイスン」 レイモンド・バー。法廷と探偵という二つのシーンを、
ドラマティックに取り入れた脚本も見事で、被告人が、必ず無罪になるお約束も見事でした。
アール・スタンレー・ガードナーの、早川ミステリー:「ペリー・メイスン・シリーズ」 は
成人してからすべて読んだものでした。
 グリグリ目の彼は、ジェームス・スチュアート、グレース・ケリー主演のヒッチ・コック映画
「裏窓」 では、犯人役を演じていました。
もっとも、彼が姿をあらわすのは、最後だけで、出演というには物足らないものでしたが…。

「潜水王マイク・ネルソン」 主演のロイド・ブリッジス。最近でこそ、「ホット・ショット」で、
お間抜けな役を演じていましたが、彼の眩しそうな眼差しと、強靭な肉体、
海中でのスリリングな映像は、今でも鮮明です。
 長野は海が無く、海洋活劇に惹かれたのかもしれません。
彼の息子が、確か、ジェフ・ブリッジスだったと思います。

「アンタッチャブル」 は、テレビ映画とは思えない迫力に満ちていましたが、
前述したので省略します。

 これらは、テレビ映画の名作で、今でも、出演者の魅力と共に、忘れられない想い出です。
高校時代、ウクレレで、ハワイアンを、バンジョーでディキシーを、ギターでカントリーをと、
節操無く手を出したものですが、大学へ入ってからは、主体はカントリーになりました。
とは言え、他の音楽も相変わらず、ラジオで、レコードで楽しんだものです。

    

 
Aの1  カントリー・ミュージックの想い出/60年代以降

■ 「 Tammy Wynette」


なかなか筆が進まなかったのですが、
今でも、口ずさんでいる歌といったら、
カントリー・ソングが一番多いのですから、
60年代以降に全然触れないというのも、
自分の中では片手落ちというものです。

 学生の楽しい時代、その後の辛い時代…長い間には、山あり谷ありでしたが、
特にカントリー・ミュージックには、想い出と重なる部分が多くて困ります。
せいぜい、私のお気に入りのミュージシャンなどを中心に、気楽に続けようと思います。
  
■ 「
Number One Coutry Hits of the '40s & '50s


▽ 「Number One Coutry Hits of the '40s & '50s」
 最近買ったCDの中で、お気に入りの一枚です。
おなじみの名前が沢山出てきます。
 何と言ってもこの時代のカントリー・ソングが、
私にとっては特別な意味をもっています。

「Your Cheatin' Heart」 : Hank Williams
「I'm Movin' On」 : Hank Snow
「Bimbo」 : Jim Reeves
「The Wild Side Of Life」 : Hank Thompson
「It Wasn't God Who Made Honky Tonk Angels」 : Kitty Wells
「Sugar Moon」: Bob Wills & His Texas Playboys
「Candy Kisses」 : George Morgan
「Don't Let The Stars Get In Your Eyes」 : Slim Willet
「I Forgot More Than You'll Ever Know」 : Davis Sisters
「Divorce Me C.O.D」 : Marle Travis
「The Golden Rocket」 : Hank Snow
「Wondering」 : Webb Pierce
「Lovesick Blues」 : Hank Williams
「A Dear John Letter」 : Jean Shepard & Ferlin Husky
「Mexican Joe」 : Jim Reeves & The Circle O Ranch Boys
「If You've Got The Money I've Got The Time」 : Lefty Frizzell
「Tennessee Saturday Night」 : Red Foley
「Eddy's Song」 : Eddy Arnold
「I'll Go On Alone」 : Marty Robbins
「I Love You Because」 : Leon Payne
 2〜3曲、得意ではないだろう、というものもありますが、
この中の何人かの歌手については、他にも、好きな曲が沢山あります。
 

■ 「 Kitty Wells & Hank Thompson」


「The Wild Side Of Life」
「It Wasn't God Who Made Honky Tonk Angels」
…、
ハンク・トンプソンが、神が酒場の女を作った”
と歌ったのに対して、“そんなのはウソ、
勝手な男のせいでこうなっちゃったのよ!”と、
キティは、アンサー・ソングでやり返しています。
続けて聴いたので今ごろ解ったのですが、
昔はなんで、同じメロディなのに、曲名がちがうんだろうと不思議に思っていたものでした。
考えてみると、ウーマン・リブのハシリのようなキティ・ウエルズの歌です。
 52年ごろでしょうから、実際、女性の地位向上運動に一役買ったのかもしれません。

「Candy Kisses」…、この歌、得意だったのですが、
ジョージ・モーガンについてはこの曲しか知りません。
カントリーに限らず、いまだにヒットした一曲しか知らないアーティストって沢山いますが〜。
 Bob Willsのような、カントリー・スィングというのは、あまり馴染みがないのですが、
ジャズとカントリーが最も近くにいた頃の音楽として、いくらかの知識はありました。

 ▽ 「The Best Of Western Swing」 というアルバムも最近購入し、
私の知らなかった曲にも、沢山めぐり合えました。
 ボブ・ウイルスの 
「Rock A Bye Baby Blues」 ♪「Snathin' And Grabbin'」
「The Devil Ain't Lazy」

ハンク・トンプソンの 
「How Cold Hearted Can You Get?」 ♪「Humpty Dumpty Heart」 
「John Henry」
 などは納得できる曲ですが、 W. Lee O'daniel & His Hillbilly Boys の歌っている
「There'll Be Some Changes Made」…、
この曲は、エディ・コンドンの演奏で大好きなものだけに、こんなところで聴くとは思いもよらなかったものです。

 ウエスタン・スィングというだけあって、ブギのリズムや、アップ・テンポの演奏が多く、
スティール・ギター、フィドルが活躍しています。恐らくハンク・ウイリアムスが登場する事で、
カントリーの世界も大きく変わっていったのだと想像していますが、
ウエスタン・スィングの全貌を知ることが出来る、超お買い得CDです。
 
■ 「 Bluegrass」


▽ 「American Roots」  このアルバムは、
ウッディ・ガスリー、カーター・ファミリー、
ワケありのジミー・ロジャーズ、ビル・モンロー、
ロイ・エイカフなど、ビッグ・ネームばかりの、
文字通りカントリー・ミュージックのビンテージ・レコーディング特集
といった貴重な内容です。
音楽性にも優れ、このうちの何曲かは愛唱したものですが、さすがにリアル・タイムで
聴いていないものばかりで、やや色気の足らない音楽が多いアルバムです。
 ハンク・ウイリアムスの師匠:ロイ・エイカフ、ブルー・グラスの父:ビル・モンローあたりには、
想い出も多いのですが〜。
 
「Mississippi Delta Blues」:Jimmie Rodgers  ♪「Brown's Ferry Blues」:The Delmore Brothers
「Rocky Road Blues」:Bill Monroe ♪「Jack And Jill Boogie」:Wayne Raney 
「Freight Train Boogie」:The Delmore Brothers
…初期のカントリー・ミュージックが、
黒人のブルースの影響をもろに受けていた事が解って、興味深いアルバムではあります。
特に白人のブギ・ウギ(恐らくヒルビリー・ブギと言うんでしょうが)、これらを聴くと、プレスリーのロカビリーが、
50年代の半ばに突然降ってわいたものでない事を教えてくれます。

 スリー・ハンクの一人、ハンク・トンプソンは、ウエスタン・スウィングのほうで有名ですから、どちらかというと、
私好みのホンキー・トンク路線とは違い、じっくり歌えるものが少ない歌手です。

 ハンク・ウイリアムスとハンク・スノウは、私のアイドルでしたから、いまだに、彼等のヒット曲のいくつかは、
歌詞カードがなくても歌えます。
 ハンク・ウイリアムスの歌は、子供の頃からポピュラー番組で聴きなじんでいたし、幸せ薄い短い人生に、
独特のブルースを感じて、たまらなく好きです。
 ハンク・スノウは、学生時代、来日ライブを観に行ったり、アマチュアで歌っていた頃、
私の歌声が彼に似ていると仲間に言われて、大いに気をよくして彼の歌も歌ったものでした。

 ♪
「A Fool Such As I」
は、歌いやすさもあって、全てのカントリー・ソングの中でも
一番気に入っているかもしれません。ともかく、この二人については特別な想い入れがあります。

 エディ・アーノルド、マーティ・ロビンス、ファーリン・ハスキー、ジム・リーブス、
ウエッブ・ピアース、レフティ・フリッゼル…、このCDの曲以外にも、数々のヒット曲があって…、
懐かしい名前です。
 
■ 「Roy Acuff 」


 60年代から、カントリーの世界も、より商業性が高まって、
ナッシュビル・サウンドといわれる華やかなものに変わっていきましたから、
素朴で気軽に歌えるカントリー・ミュージックも、自然と消えていってしまいました。
恐らくプレスリーで始まったロカビリー、ロックン・ロールの影響や、
世界の音楽が身近になってきたりして、カントリー界でも新たなサウンドが
求められたのでしょう。
 50年代は、色んな曲がポピュラー音楽番組で聴けたのに、60年代に入ってからは、
それぞれ細分化した音楽が、自己主張を始めた時代と言えるかもしれません。

 私は、社会人になって、少しの間アマチュア・バンドで歌っていましたが、
レパートリーは、ほとんどが50年代までのものでした。
 その後、次第に歌う側から聴く側に重点が移っていき、カントリー・ソングの歌詞を覚えることもなく、
フィーリングで楽しむだけ、に変わっていったものです。
 とてもノー天気に歌っている場合じゃなかったということもありますが、
カントリーに以前ほどの興味がなくなっていったというのも事実です。

 50年代、女性シンガーといったら、なんと言っても、キティ・ウエルズが一番でしたが、
他にも、何人かはヒット曲を飛ばしていたようです。
 スキーター・デイヴィスは当初、姉妹で歌っていたようですが、彼女については、

「End Of The World」 
ばかりが印象に残っていて、ポピュラー・シンガーの印象が強い女性です。
       
 チョッと後の、ロレッタ・リンやタミー・ワイネットは、キティ・ウエルズの後を継ぐ?、
正統派の女性シンガーですが、私が、一生懸命汗水たらして働いていた時期、
なぜかFENはよく聴いていて、ヒット曲も多かったので印象も強く残っています。
そして今では彼女達の歌をCDで楽しんでいます。

 以下、大好きなカントリー・シンガーを取り上げていこうと思います。
        

 
 ハンク・ウイリアムス

■ 「Hank Williams」


Lovesick Blues Boy…、私の永遠のアイドルです。
子供時代から、彼の歌はラジオから流れていていました。
残念ながら53年にはなくなっていましたから、
ヒット曲は、ジョー・スタッフォード、トニー・ベネット、
ローズマリー・クルーニー、ジョニ・ジェームスの歌で
最初聴きましたが、その後、ハンクのドーナッツ盤、
LPを買うことになります。 

 私以上の年令の人で、彼の歌を知らない人はあまりいないんじゃないかなと思うほど、
50年代のラジオではハンクのヒット曲が流れていたものです。

 彼の作った曲は恐らく100を超えるでしょうが、
今でもスタンダード・ナンバーとして親しまれているものが、沢山あります。
失恋を主題にした、スローな曲が多いので歌い易いものですが、
彼のブルース曲での独特の裏声には付いていけず、聴くだけで我慢したというのも何曲かあります。

 想い出のLPレコード。
▽ 「On Stage! Hank Williams Recorded Live」

 1949年10月の歴史的コンサート実況録音とサブ・タイトルがついています。
この年の6月11日の夜に、本当の歴史的コンサートを、オープリーのステージで行っていますが、
これも、彼の絶頂期のライブ録音ですから、文句のつけようがありません。

 
ドリフティング・カウボーイズとハンクがテーマを歌い始め(メンバーの名前も、
テーマ曲も、ドリフティング・カウボーイ)、
司会者が“ミリオン・ヒット・シンガー、ラヴシック・ブルース・ボーイ、ハンク・ウイリアムス!”と紹介し、
「ウエディング・ベルズ」 へと続いていき、ライブ独特の期待感が高まります。
A面:
「さすらうカウボーイ(テーマ)」
「ウエディング・ベルズ」
「ラヴシック・ブルース」
「失われし道しるべ」
「ジョー・クラーク」
「男の魂」
B面:
「さすらうカウボーイ」
「ロング・ゴーン・ダディ」
「アイム・テリン・ユー」
「ビル・チータム」
「神のみもとへ」
「ブルースがやってくる」
「恋に生きたい」

 大学の2年ごろにこのレコードを買って、どれほど聴いたかわかりません。
昔は、同じアーティストのレコードを、何枚も買うなんて出来ませんでしたから、
もう一枚の
「ジャンバラヤ」 「カウライジャ」 が入っているドーナツ盤と、
このLPは正に私の宝物でした。…レイ・チャールズだけは続けて3枚買いましたが〜。

 このアルバムは、曲の選択や進行が見事で、ヒット曲は限られていますが、

「ロング・ゴーン・ダディ」
 をハンクが歌い、「アイム・テリン・ユー」 では
妻のオードリーが、その歌詞に答えてチョッと皮肉って歌ったり、
ハンクと観客とのフランクなかけあいや、拍手の臨場感…、
生の姿を目にしているような興奮を味わったものでした。

「失われし道しるべ」 は、大好きな歌で、こういったスロー・ブルースは、
私にも歌えましたが、肝心の「ラヴシック・ブルース」 が残念ながらダメでした。
日本のプロのカントリー・シンガーでも、歌いこなした歌手を知りませんから、
まあ、仕方ない事と諦めていますが、何と言ってもハンクの代名詞だけに悔しかったものです。
 

■ 「Hank Williams」


▽ 「Hank Williams」
彼のベスト・ヒットを集めたCDです。

「Jambalaya/ジャンバラヤ」
「Kawliga/カウライジャ」
「I Saw The Light/アイ・ソー・ザ・ライト」
「Wedding Bells/ウエディング・ベルズ」
「My Bucket's Got A Hole In It/バケツに穴があいたなら」
「Cold Cold Heart/コールド・コールド・ハート」
「I'M So Lonesome I Could Cry/泣きたいほどの淋しさだ」
「I Don't Care/アイ・ドント・ケア」
「Pan American/パン・アメリカン」
「Long Gone Lonesome Blues/ロング・ゴーン・ロンサム・ブルース」
「Your Cheatin' Heart/ユア・チーティン・ハート」
「A Manshon On The Hill/マンション・オン・ザ・ヒル」
「Honky Tonk Blues/ホンキー・トンク・ブルース」
「Cool Water/クール・ウオーター」
「I Can't Help It/どうにも出来ない」
「Hey Good Lookin'/ヘイ・グッド・ルッキン」
「Lovesick Blues/ラヴ・シック・ブルース」
「Take These Chains From My Heart/心のきずなを解いてくれ」
「Half As Much/ハーフ・アズ・マッチ」
「You Win Again/ユー・ウイン・アゲイン」


 この全曲を聴き馴染んでいましたし、大抵の曲を歌っていました。
特に、得意としていた曲は、
「ユア・チーティン・ハート」 ♪「ユー・ウイン・アゲイン」 
「ハーフ・アズ・マッチ」「ヘイ・グッド・ルッキン」 「マンション・オン・ザ・ヒル」 
「コールド・コールド・ハート」 ♪「泣きたいほどの淋しさだ」 ♪「ジャンバラヤ」 
「カウライジャ」 ♪「アイ・ソー・ザ・ライト」 ♪「ウエディング・ベルズ」
…数えると結構あるものです。

 私のレパートリーの多くがハンクの歌でしたから、ともかくこれらのうちの何曲かは、
40数年経った今でも覚えていて、何かにつけて口ずさんでいる有様です。
 以前住んでいた家は高台にありましたから、帰り道でその建物を見る度に無意識のうちに、

「マンション・オン・ザ・ヒル」
 を歌っていたものでしたし、
昔を想い出してチョッとセンチな気分の時は、大抵 「ユア・チーティン・ハート」 
「ユー・ウイン・アゲイン」 ♪「ハーフ・アズ・マッチ」 ♪「コールド・コールド・ハート」
 そして一番気に入っていた♪「泣きたいほどの淋しさだ」 
などが、
心ならずも口をついて出てきてしまって…困ります

 
■ 「Country Music Folio」


 昔は、友人のレコード、ラジオなどからメロディを覚え、
どこからか歌詞カードを借りてきて一生懸命歌を覚えたものでしたが、
幸い、ハンク・ウイリアムスの代表曲を網羅したギター教本は、
上京してすぐ買いましたから、
私の場合、いち早く彼の歌を弾き語りで楽しめました。

それにしても、これだけのヒット曲が、当時の感覚だと、
ただ同然で手にすることが出来るのですから、
嬉しいような、それでいてチョッと淋しい気持ちもします。
1曲の価値が、また、ハンクの価値が下がってしまったような…、妙な感じです。

▽ 「Hank Williams Country & Folk Roots」
 
どうしても、もう一度聴きたい曲があったので、買ってしまったのですが、
これも20曲も入っています。
「My Heart Would Know」
「Six More Miles」
「Calling You」
「When God Comes And Gathers His Jewels」
「I Don't Care」

 ここら辺が懐かしかったのですが、このアルバムには初めて聴く曲が何曲かありました。
私が知っているハンクの曲は、ほとんどヒットしたものばかりですし、
実際にあまり地味な歌を歌っても、だ〜れも喜んでくれなかったものです。

 また、ハンク・ウイリアムスの曲を大抵の人が一度は聞いていたようで、
彼の曲を演奏している時が、聴衆も一番盛り上ったような気がしています。
「ユー・アー・マイ・サンシャイン」 「ヨール・カム」 にはかなわなかったけれど〜。
その他、
「モリー・ダーリン」 ♪「北風」 なんかも定番だったものです。

 アマチュア・バンド時代の話は、さしさわりがあるので、詳しい話は避けようと思っていますが、
当時、どうしてあれだけの曲を丸暗記できたのか、とても不思議です。
今時、気に入った曲を覚えようと思っても、1曲たりともまともに覚えられませんから〜。
若さと情熱…そんなところでしょうか?…、悔しいけれど。
 

■ 「Hank Audrey & The Drifting Cowboys」


 
ここで、唐突ですが、バカバカしい想い出話を一席…。
「Why Don't You Love Me Like Used Do」
 子供の頃、ジョニ・ジェームスのレコードで聴いて、
いたく気に入っていたハンク・ウイリアムスの曲です。
そして、この歌には苦い想い出があります。
 そろそろお別れしなけりゃ、という気になっていた、
ある女性とのデート中、その場の雰囲気から、
いつものようにギターを取り出して、つい、
調子に乗ってこの歌を歌ったのです。

 うつむいて聴いていた彼女が、やおらこちらを見上げ、私を見つめる目が妙に
キラキラしだしたので、チョッとおかしいな、とは思ったのですが、
とりあえず歌いとおしたものでした。歌い終わるやいなや、彼女が、“その歌、大好き!”
と言うので、ようやく失敗したことに気がつきました。

 このハンクの歌、彼にしては珍しく軽快な調子なのに、
“なぜ、今までと同じように、私を愛してくれないの〜〜”…
そんな、復縁をせまるような未練たらしい内容の歌だったのです。
彼女は、英語が堪能でしたから、大いなる勘違いしたようなのです。
 この事があって、しばらくの間、彼女とは気まずいお付き合いが続いたことは
言うまでもありません。

 教訓:英語の歌を歌うときは、T.P.O.に十分注意せよ!、
ハンク・ウイリアムスの歌については特に!…、お粗末な一席でした。
 それにしても若い頃は、女性を前にして、よく、いけしゃあしゃあと、
色んな歌を得意げに歌っていたものだと、今ごろになって嫌な汗をかいている次第です。


 この他にも、歌い馴染んだ懐かしい曲はあるのですが、
もう彼のCDを買うのはやめておこうと思っています。
カントリー・ミュージックに熱中していた時代と違って、今は聴きたい音楽が沢山ありすぎて、
手持ちのCDでさえ、全部はまともに聴けないという始末ですから〜。
 安直に音楽が聴けてしまう現在が、必ずしも幸せな事だとは思っていませんが、
便利になった事だけは確かです。

 ハンク・ウイリアムスの声が真似できなかったから言うわけではありませんが、
彼の才能の素晴らしさは、むしろ曲作りにあると思っています。
 彼の曲をハンク・スノウばりに歌った私としては、一番良い所どりをしたんじゃないかな、
と自画自賛しています。だからといって、その後日本のカントリー界で、
そのような素晴らしいプロの歌手の歌を誰も聴いたことがないはずですから
所詮素人の自己満足だったということに、話は落ち着きそうです…、チャンチャン!。

 

  ハンク・スノウ

■ 「 Hank Snow 」


カントリー・ミュージックでは、お国柄というか
ローカルな味が好まれ、訛りのある歌い方が
一般的なようです。
その訛りでは、私にも想い出があります。

当時、しばらくアメリカに行っていた親しい友人が
我家に来た時、得意になってカントリー・ソングを聴かせたのですが、
歌い終わった時、“ヨシ坊の歌、まあまあだけど、チョッと南部訛りがあるね!。”
…自分ではどこが訛っているのか皆目解らないのに、そんなことを言われて、
すっかり上機嫌になったものでした。

 色んな歌手の歌を真似ているうちに、自然と歌詞以上のところまで影響を受けてしまったのだと
思いますが、カントリーで南部訛りなどと言われて、悪い気がするはずもありません。
 蛇足ながら、いい年になっても親しい人からは、ヨシ坊なんて呼ばれていたものです。
我ながら甘ちゃんだったものです。

 カントリーの世界は相当保守的なファンに支えられているはずですから、
その訛りが、案外人気を分けてしまうのかもしれません。
 ハンク・スノウは、ジミー・ロジャースがアイドルなので、
トレイン・ソングを好んで歌ったのは理解できますが、カナダからやってきたので、
ことさら早口の曲を沢山歌って、その欠点?を隠したんじゃないかな、
と今ごろ勝手に想像しています。

 彼の人気を不動にした
「ムーヴィン・オン」…何度も聴き返し、
書いて分解して、なんとか歌えるようになったものですが、
人前では自信が無くて歌えなかったものです。
間違いなく歌えれば良いというものではありませんから〜。
 アップ・テンポでのリズム感や優れた音楽性、またスローな曲では、
独特の哀愁を感じる鼻声が魅力的でしたし、
ギターの達人でもあり、リアル・タイムでは文句なしにカントリー・ミュージック界の
トップ・アーティストでした。
 
■ 「Chet Atkins」


1964年、新宿厚生年金会館で彼のライブを観ました。
金ぴかの派手派手スーツにテンガロン・ハット、
レインボー・ランチ・ボーイズを率いて颯爽と歌う姿に、
ただただ夢見心地だったものです。
 歌っている最中に、彼の腕時計のアラームが鳴り出して、
歌い終わってからしきりに言い訳をしていたシーンなど、今でも蘇ります。
 カントリーなど馬鹿にして、モダン・ジャズのライブへ行きたがっていた彼女も、
さすがに本場の華やかなステージや、私のニセ歌とは違って、本物の素晴らしい歌声に接して
感動していたようでした。
 当時流行し始めたモダン・ジャズが、エリート音楽のように扱われていて、
その偏った考えには大いに不満を抱いていたものです。

 音楽のジャンルにランクをつけるような人間には、真に音楽を愛する気持ちがあるとは思えない、
というのが私の今も変わらぬ気持ちです。
…好き嫌いということでは、私も相当はっきりしているほうですが〜。

 来日当時、スノウは50才ぐらいのはずですが、彼より9才も若いハンク・ウイリアムスの姿を
一度も見ることが出来なかったことが、今思うとなんとも残念です。
プレスリーも全盛期の50年代に、もし来日していたら、田舎から長時間汽車に揺られても、
絶対観に行ったはずです。

 50年代来れたのは、せいぜい、本国で人気薄になっていたスィング・ジャズの連中
だったのかもしれませんが、詳しくはわかりません。
60年代からは外タレの来日ラッシュということになるのですが、
国力もついてきて、市場としての魅力が生まれたということなんでしょう。

 ビートルズが来日した時など日本中大騒ぎでしたが…、すでに働いていましたし、
ガキンチョの騒々しい音楽には全く興味も無かったものです。
 少し前まで同じような騒がしい音楽に血道をあげていたくせに、よく言うなあ、とは思いますが…、
僅かな年代の違いでこうなるものです。

 
ハンク・スノウのLP。

▽ 「The Best Of Hank Snow :
シンギング・レインジャー/ハンク・スノウのすべて」

A面:
「ムーヴィン・オン/I'm Movin' On」
「黄色いバラ/Yellow Roses」
「ルンバ・ブギ/The Rhumba Boogie」
「傷心のトレイル/Down The Trail Of Achin' Hearts」
「ロケットでハネムーン/Honeymoon On A Rocket Ship」
「炎のワルツ/Let Me Go Lover !」
「メキシカン・ジョーの一目ぼれ/When Mexican Joe Met Jole Blon」

B面:
「ア・フール・サッチ・アズ・アイ/A Fool Such As I」
「ゴールデン・ロケット/The Golden Rocket」
「涙のワルツ/I Went To Your Wedding」
「ニュー・スパニッシュ・ツー・ステップ/New Spanish Two-Step」
「ムーンライト・アンド・スカイズ/Moonlight Snd Skies」
「キッスを発明した女の子/The Gal Who Inveted Kissin'」
「この指輪もて/With This Ring I Thee Wed」
 

■ 「Elvis Presley」


「ア・フール・サッチ・アズ・アイ」「黄色いバラ」

…この2曲は、ともかく大好きで、
自分でも一番上手く歌えたんじゃないかな、と密かに思っている歌です。
 スロー・バラードで、雰囲気があり、スノウの鼻声を真似るには
絶好の歌だったかもしれませんが〜。

プレスリーも、
「ア・フール・サッチ・アズ・アイ」 をカバーしています。
スノウを尊敬していたようなので納得はしましたが
、正調カントリー・ソングとなると、彼にはかないません。

 とは言うものの
「オーラ・リー(ラヴ・ミー・テンダー」 「愛していると言ったかい」 
「好きにならずにいられない」 ♪「ラヴィング・ユー」 「ベストはつくしたが」 
「クライング・イン・ザ・チャペル」 
「今夜は一人かい」 …
プレスリーのスロー・バラードの上手さも格別で、随分お世話になったものです。


「涙のワルツ」…これは、パティ・ペイジの歌で子供の頃から親しんでいたので、
当然レパートリーに入ったものでした。

「炎のワルツ」
 は遅くなってからのヒットでしたが、これもお馴染みでした。

「テネシー・ワルツ/Tennessee Waltz」 ♪「君慕うワルツ/Changing Partners」 も含めて、
知らない人を探す事が難しいほど、日本でも親しまれたワルツの名曲です。
 最近、どうしても、これらを再び聴きたくてパティ・ペイジのベスト盤を買ったのですが、
期待を裏切らず、昔の優しいパティ・ペイジのままでいてくれて、嬉しかったものです。
 これらの曲がヒルビリーワルツの傑作ということで、カントリー歌手では、
ハンク・スノウが歌っていたんだなあ、と今頃理解しています。
但し、
「君慕うワルツ」 は、スノウも歌っていませんし、私も歌った憶えがありません。
 
■ 「Patti Page」

 CDで聴きなおすと、この曲が一番
パティ・ペイジの魅力が出ている女性らしい歌で、
男性向きではなかったなあ、と納得しています。

「ニュー・スパニッシュ・ツー・ステップ/New Spanish Two-Step」
「サン・アントニオ・ローズ」
 に似た曲で、ここでは、エレキのキング:チェット・アトキンスとの
ギター・デュオを聴かせてくれているのですが、このレコード今は聴けませんから、
音色のほどを忘れてしまいました。

 他の歌は、
「この指輪もて」 以外、列車のリズムに早口言葉といったものが多く、
残念ながら聴いて楽しむことしか出来ませんでしたが、このレコードも、
青春時代の懐かしい記録ということで、ジャケットを見るたびに昔が蘇ってきます。
 

 CDで買ったアルバム。
▽ 「The Essential Hank Snow」 
 52年から73年までのヒット曲が20曲も入っている、貴重なアルバムです。

「I Don't Hurt Anymore」…これも大好きで、得意な歌でした。
高音から始まるチョッと気合が必要な曲ですが、カントリー・バラードの名曲です。

「Beggar To A King」…学生時代になぜこの曲を覚えなかったのか、
今では悔いが残ります。彼の艶のある低音の魅力が十分発揮されているのに…。
 スノウの歌も60年代までしか馴染みがありませんが、後期のものはエレキ・ギターが多用され、
ハンクの声は一段と冴え渡っているようです。
息の長い歌手なのに、晩年になっても少しも声に衰えを感じない見事な歌唱力だった事が、
このCDでも良くわかります。

 レコードやラジオで聴き馴染んだ曲を、今手軽に聴くためにCDを買うのですが、
ハンク・スノウについても、一枚あれば十分満足、というところです。
 ハンク・ウイリアムスとハンク・スノウの二人は特別とは言うものの、
歌い馴染んだ曲は、他にも沢山あるのでこのへんにしておきます。


 マーティ・ロビンスとファロン・ヤング

■ 「 Marty Robbins」


 
マーティ・ロビンス…最初に買ったカントリー・シンガーの
CDが彼のものでした。ハンク・ウイリアムスや、
ハンク・スノウより先に知っていたカントリー・シンガーでもあります。
当時はカントリーと言う言葉は使わず、ウエスターンでしたし、

「ホワイト・スポーツ・コート」 ♪「ブルースを歌おう」
 も
ポピュラー番組で聴いたのですから、今思うと、この頃の彼の歌は、
クロス・オーバー・ヒットしていたということでしょう。

 歌の上手な人は山ほどいますが、私は、マーティ・ロビンスが、中でも一番だと思っています。
声の艶、声量、表現力…文句のつけようがありません。想い入れが強いということもあるのでしょうが。
 大体のカントリー・シンガーが、日本人と違って声量もあり、音域も広いので、
ごく自然に歌っていても十分説得力があって、なんとも羨ましかったものです。
 テックス・リッター、エディ・アーノルド、テネシー・アーニーフォード、
ドン・ギブソン、ジム・リーブス…
真似できない豊かな声量と、包容力を感じる歌手…数えだしたらきりがありません。

 マーティ・ロビンスと、ソニー・ジェームスは同じ頃活躍していたので、
今でも混同することがありますが、不思議な事にソニー・ジェームスについては、

「ヤング・ラヴ」 
以外の曲を知りません。
相当、名のあるシンガーのはずですが〜。この歌も、歌詞カードを見つけてきて、よく歌ったものでした。
また
「ユー・アー・ザ・ワン」 がヒット曲だったと思うのですが、
カール・スミスというシンガー…同時代で人気もあったのに、その後聴いていないので記憶もおぼろげです。

 私の持ち歌はほとんど50年代迄のものでしたが、
大学時代に流行ったものでも気に入って勝手に頂いたものがあります。
マーティ・ロビンスの
「Don't Worry」 「Begging To You」 
ファロン・ヤングの
「Hello Walls」…。2人の50年代の歌に馴染んでいたせいもありますが、
ともかくこれらの歌は大好きでした。
そんな意味もあって一緒に取り上げました。

▽ 「Marty Robbins 16 Biggest Hits」
「I'll Go On Alone」 
「Singing The Blues」
「A White Sport Coat And Pink Carnation」
「The Story Of My Life」
「Just Married」
「El Paso」
「Don't Worry」
「Devil Woman」
「Ruby Ann」
「Begging To You」
「Ribbon Of Darkness」
「Tonight Carmen」
「I Walk Alone」
「My Woman, My Woman, My Wife」
「Among My Souvenirs」
「Some Memories Just Won't Die」

 最後の曲を除けば、全て聴き馴染んだものです。
「El Paso」 までは、田舎でのんびり過ごしていた時代のヒット曲ですから
特に懐かしく、昔が蘇ります。
「Singing The Blues」 ♪「A White Sport Coat And Pink Carnation」 
「Don't Worry」 「Begging To You」

そのくらいしか歌えませんが、どの曲を聴いても、それぞれの時代の出来事が重なってきて
懐かしい気持ちにさせてくれる、大事なCDです。


 
ファロン・ヤングは、
 好みからいうと、特別夢中という歌手ではありませんでしたが、
大学時代の親しい友人が熱烈なファンだったということで、想い出の曲を聴くと、
一緒にスポーツをやっていた頃の出来事が蘇ってきて、グッとくるものがあります。
 卒業してからも、しばらくはそれまでどおりだったのですが、いつの間にか疎遠になりました。

 ちなみにその彼に、私の愛用のバンジョーを貸したまま、遥か昔に時効を迎えています。
 お世話になったのでせめてものお礼といったところですが、
気取らない彼の優しい笑顔を今でも時々思い浮かべ、今ごろどうしているかな〜、
なんて懐かしがっています。
 学生時代にスポーツで一緒に汗を流した友というのは、いつまでも忘れないものです。

 
■ 「Faron Young」


▽ 「Faron Young Absolutely The Best」
「Country Girl」
「live Fast, Love Hard, Die Young」
「Hello Walls」
「Your Old Used To Be」
「Sweet Dreams」
「I Miss You Already」
「It's A Great Life」
「That's The Way I Feel」
「All Right」
「I've Got Five Dollars」
「Alone With You」
「If You Ain't Lovin'」
「Goin' Steady」
「Three Days」


 これも、懐かしくて買ってしまったものですが、
彼に限らず、レコードをもっていないほうが普通でしたから、色んなところから集めた音源を、
テープ・レコーダーで、何度も何度も巻き戻しては歌を覚えたものです。
 CDでまとめて簡単に聴けるというのも嬉しいけれど、昔のように耳をそばだてて聴く
ということがなくなって、チョッと物足らない感じもしています。

「live Fast, Love Hard, Die Young/太く短く」 「All Right」 「Sweet Dreams」  は、
歌手名より歌のほうを先に覚えていて、また、曲名も気に入っていたので得意にしていた歌です。

「Sweet Dreams」
 は、ドン・ギブソンの曲ですから、知ったのもそちらが先かもしれません。
ギブソンは
「オー・ロンサム・ミー」 やレイ・チャールズで有名になった「愛さずにはいられない」 
などの良い曲も書いていて、これらも当然懸命になって覚えたものでした。

 ファロン・ヤングは、やや高い声で、大きな口を開けて元気に歌う歌手ですから、
私好みのブルーな雰囲気に乏しいのですが、レパートリーとしては、
硬軟織り交ぜる必要がありましたから、知っていたおかげで重宝しました。

「Country Girl」 ♪「If You Ain't Lovin'」 ♪「It's A Great Life」 ♪「That's The Way I Feel」 
これらも懐かしい曲ですが、歌ったことはありません。想い出の無い曲も何曲かはありましたが、
彼も50年代から60年代始めに活躍した、忘れられない歌手です。

 忘れられないといったら、
「Hello Walls」…ウイリー・ネルソンの作った曲ですが、
ファロン・ヤングには珍しくしっとりと情感のこもったバラードで、
声のトーンもぐっと落ち着いてきて、文句なく気に入っていました。
「Three Days」 はチョッとやりすぎかな、というねちっこい感じでしたが…。)
 今は去ってしまった彼女を思い浮かべて、一人ぽつんと残された家で、壁に、窓に、天井に、
孤独な想いを語りかけるという、何ともオシャレな失恋ソングです。
…大体カントリー・ソングというのはこの手の歌詞が多く、
ギター1本で辛い時に歌うにはピッタシだったものです。


 マーティ・ロビンスとファロン・ヤングはタイプが違いますが、
自分が歌うには歌手の個性はあまり関係なかったので、どちらのヒット・ソングにも、
随分お世話になったものです。
「セブン・ロンリー・デイズ」…、随分流行り得意になって歌ったものですが、
いまだに詠み人知らずです。
耳で聴いて、気に入った歌は、歌詞カードを人に借りて一生懸命覚えた〜、
そんな古き懐かしき時代の話です。


その他の、懐かしい愛唱歌
 
■ 「Tennessee Ernie Ford」


 
60年代に愛唱した歌は、他にも沢山あったような
気がしていますが、なにせ、もう随分経ちますから、
取っ掛かりが無いとなかなか想い出せないものです。
そして、そんな状況にピッタリのCDがありました。

 「Country & Western / 1・2・3」
 全3巻 計60曲…1000円で買ったCD。この値段には、嬉しさ半分、
切なさ半分という複雑な気持ちになったものです。

 露天で買ったのですが、中身は本物。この中に私が愛唱した曲が何曲も入っていました。
 既述した曲を除いても…、
「He'll Have To Go /浮気はやめなよ」:ジム・リーブス
「Wabash Cannon Ball/ウオバッシュ・キャノンボール」:ロイ・エイカフ
「City Lights/街の灯」:レイ・プライス
「Release Me/リリース・ミー」:レイ・プライス
「Send Me The Pillow You Dreamo On/夢の枕を」:ハンク・ロックリン
「Oh Lonesome Me/オー・ロンサム・ミー」:ドン・ギブソン

   
「Jim Reeves」

 今やすっかりスタンダードになっている曲〜。
「Green Green Grass Of Home/想い出のグリーングラス」:
ポーター・ワゴナー
「I Rreally Don't Want To Go/たそがれのワルツ/(知りたくないの)」
エディ・アーノルド
「Tennessee Waltz/テネシー・ワルツ」:ピー・ウィー・キング
「North Wind/北風」:テキサス・ビル・ストレングス
「Any Time/エニー・タイム」:エディ・アーノルド
「Sixteen Tons/16トン」:テネシー・アーニー・フォード 

 このアルバムには、歌えなかったけど大好きだった曲も入っています。
「デトロイト・シティ」:シャレたメロディですが、語りがあるので歌えなかったものです。
「ライダース・イン・ザ・スカイ」:一応覚えたのですが、人前ではダメでした。
「涙のチャペル」:こうしたゆったりした曲は、よほど上手くないと難しいものです。

このアルバムには無いけど
「クレイジー・アームズ」:レイ・プライス…チェロキー・カウボーイといわれていました。
「フォー・ウォールズ」:ジム・リーブス…暖かい歌声は抜群でした。
「ジェラス・ハート」:テックス・リッター…、彼はなんと言っても「ハイ・ヌーン」 で有名。
「ウォーキング・ザ・フロア・オーヴァー・ユー」:アーネスト・タブ
「サティスファイド・マインド」:ポーター・ワゴナー
「ブーケ・オブ・ローゼズ」「ジャスト・ア・リトル・ラヴィン」:エディ・アーノルド
「バイ・バイ・ラヴ」
:ポピュラー・ヒットでおぼえたのでカントリー歌手では?。
「アイ・ラヴ・ユー・ビコーズ」:?
「レッド・リバー・バレー」:これも、ジョー・スタッフォードで。
「ザ・ウェイワード・ウインド」:ゴーギー・グラントのポピュラーで大好きでした。
 

「The Streets Of Laredo」
: My Note

他にも、今となっては歌手だけでなく、
曲名さえ忘れてしまったものもありそうです。
これらの曲は、一通り覚えて、自分が弾き語りしたものばかりですから、
今振り返ると、随分沢山の歌を歌えたものだ、と我ながら感心します。

1曲づつに想い入れがあるのですが、歌っていた時の状況などは、
過去の想い出として胸にしまっておくことにします。 
 現在では、何気なくカントリー・ソングを口にしてしまってから、
続かなくなった歌詞はスキャットで淋しくごまかして歌っているという有様です。

 いつ頃からか、ギターを置き、仕事に没頭しだし(そんなカッコよい事情では決してないのですが、)、
カントリー・ミュージックも他の音楽同様、聞き手にまわりました。
 一時集中するけれども、他に興味が湧いたら一気にそちらへ、という性格は昔も今も変わりません。
おかげで、現在では、あらゆるジャンルの音楽を懐かしく聴けるのだから、
まんざら悪い事ではなかったな、と、自分のいい加減な性格を勝手に、良い方にに解釈しています。


 
 聴いて楽しむカントリー・ソングの数々〜。

 Aの2  カントリー・ミュージックの想い出/60年代以降

「Billboard Top Country Hits」


Aの2の1 学生時代に聴いた音楽

今思い返しても、学生の分際で随分好き勝手できたものだと、
反省していますが…、
ハイファイ・ラジオ、レコード・プレイヤー、テープ・レコーダー、
テレビ…等を我家から失敬してきて、
当時としては十分すぎるほどの情報設備を備え、リッチな学生生活を送ったものでした。

 まだ珍しかったタイマーを、朝、電気釜にセットして、帰ってくるころはホカホカご飯が
出来上がっている、という見事な文化生活でした。
 その頃から好きだったコーヒーや生活雑貨は、渋谷のエーワンというパチンコ屋で
仕入れてきたりして、一人の生活は実に豊かなものでしたし、自炊もお手のものでした。
料理というほどのご馳走を作れたわけではありませんが、
手際よく調理し皿に盛り付け、リッチな夕食を楽しんだものでした。洗うのが面倒なので、
一枚の大皿で済ました事はいうまでもありません。

 男の料理が流行で、私の友人にも凄く料理好きな奴が何人かいますが、
所詮趣味だから楽しいのであって、日課となると話は別のはず〜。
 現在台所へ入る事すらしないというのは、単純に思いやりからですが?、
いざとなれば大抵のことは出来る自信だけはあります。…いざとならない事を願っています!。

“…、次にお送りするのは、ベニー・グッドマンの数あるフル・オーケストラ演奏の中でも
傑作の呼び声高い一曲です。専属歌手ヘレン・フォレストの甘いヴォーカルと、
ブラス・サックスによる心地よい演奏〜1941年吹き込みで、
曲は 
「パーフィディア」 〜では、ごゆっくりお楽しみください…。”
 休みの日には、テープとレコードを使ってDJまがいのおしゃべりなども吹き込んで、
子供時代に味わった、音楽番組の真似事などして楽しんだものです。


 
但し、体育会所属でしたから、朝から晩まで練習と試合に明け暮れていて、
学校へ行くのも必須科目に限られていましたから、普段はあまり自由な時間はとれませんでした。
 大学生とは名ばかりという典型でしたから、スポーツ、音楽、女の子…
何の不自由もなく、好き勝手な4年間を謳歌したものです。

 その後、地獄のような状況に陥ってしまいましたが、これも天罰だったかもしれません。
でも、めげずにやってこれたのは、プロ並みにスポーツをやってきたことが、
心の支えになっているようです。
 性格的にあまりくよくよしない、というのは大いに気に入っていますが、
言葉を変えれば、自分の好き勝手にやってきただけ、と言う事になりそうです。

 

「George Jones」


 カントリー・ソングも当然弾き語りなどで、
沢山録音したものですが、東京では、テレビ、ラジオ番組が
迷うほど沢山あり、特にFENで、グランド・オール・オープリーの
ライブやカントリー・ヒット番組に出会ったときは正直驚いたものです。
それまでの、夢の国の出来事が急に身近になった感じでした。

 
朝が早かったので、夜中のテレビ、ラジオを見聞きすることはめったにありませんでした。
深夜放送が盛んになってきた頃ですが、たまにしか聴いた事がありませんから、
当時の深夜番組に想い入れはありません。
 後に、音楽中心から、トーク中心の番組に変わったようで、その頃は自営業をしながら聞きましたが、
子供の頃とは違って、心躍るというようなことはなかったものです。
まあ、ノー天気に番組を聞いている余裕など無かったというのが、正直なところですが〜。
 こんなところで、生活の苦労話をしてもちっとも面白くないので、これ以上は止めておきます。


 60年代の始めは、全ての音楽がジャンル分けされた頃だと思いますが、
ウエスタンをカントリーと言うようになったのが、丁度その頃だったのかもしれません。
 レコード解説などでは、まだ、カントリー・ソング、ウエスターン、カントリー&ウエスタン…、
名称も定まらないものが多かったものです。呼び方にこだわった事がありませんから、
正確な事は解らないままです。

 学生時代、ラジオ放送で聴いたカントリー・ソングを、現在CDで楽しんでいます。
 ビルボードのヒット・チャートもの3枚を取り上げてみましたが、
年代別にしっかり覚えている訳ではないので、聴いてみて、
“そう言えば、こんな曲もあの頃のヒットだったんだなあ、”といった按配で記憶も漠然としています。
 不思議な事に、中学・高校時代に出会った音楽や映画のほうが、今でもよほど鮮明に憶えています。
 
「Leroy Van Dyke」

・「1961:Billboard Country Hits」
      
「Walk On By」:Leroy Van Dyke
「Big Bad John」:Jimmy Dean
「Don't Worry」:Marty Robbins
「Hello Walls」:Faron Young
「North To Alaska」:Johnny Horton
「I Fall To Pieces」:Patsy Cline
「Sea Of Heartbreak」:Don Gibson
「Tender Years」:George Jones
「Foolin' Around 」:Buck Owens
「San Antonio Rose」:Floyd Cramer

 今思うと、素晴らしい曲が沢山ヒットした年のようです。
「Don't Worry」 「Hello Walls」 が想い出深い曲ですし、
60年代の数少ない愛唱歌です。

「North To Alaska」 は、ジョン・ウエイン、ロバート・ミッチャムのアラスカ
西部劇:「アラスカ魂」という一風変わった映画の主題歌として忘れられませんが、
映画も本格的で面白いものでした。
ジョニー・ホートンもこの歌の後、確か飛行機事故で亡くなったはずですが、
日本でも坂本九が悲劇に遭遇しました。
 昔は飛行機事故というのが妙に多かったものでした。

 この曲と、フロイド・クレイマーのピアノ曲:
「San Antonio Rose」 が、
日本では最もヒットしていました。
イージー・リスニング音楽のハシリみたいな演奏ですから、ポピュラー番組でも流れたのでしょう。

「Walk On By」 は、これでもかという位流れていて、この年の圧倒的なヒット曲だったはずです。
 リロイ・ヴァン・ダイクは知らない歌手でしたが、後年来日した折に、
生真面目そうな顔を初めて見ました。
あまりカントリー・シンガーの香りのしないアーティストだな、という印象でした。

「Jimmy Dean」

「Big Bad John」…いかにもアメリカ人が好きそうな語りですが、
ジミー・ディーンは、その後「OO7ダイアモンドは永遠に」で、
大金持ちの役で、歌も歌わず熱演していた事が想い出されます。
ちょっと照れたような演技もまた良かったものです。
 アメリカだったら、彼が出演するというだけで、大変な話題になったはずですが、
私のようにカントリーを聴いていなかったら、日本人には、なんであんなダイコンがでているの?、
と思えたことでしょう。
 「OO7」シリーズでは、「ロシアより愛をこめて」の次に好きな映画で、
ボンド・ガールのジル・セント・ジョンが良かった〜。
でも、テーマ曲は、シャーリー・バッシーが歌っていて、いつジミーが歌うのかと、
気にしているうちに終わってしまった、変な気分の映画でもありました。
 

「Patsy Cline」

・「1962:Billboard Country Hits」
     
「Wolverton Mountain」:Claude King
「She's Got You」:Patsy Cline
「Devil Woman」:Marty Robbins
「Old Rivers」:Walter Brennan
「Don't Go Near The Indians」:Rex Alen
「I've Been Evrywhere」:Hank Snow
「Crazy」:Patsy Cline
「She Thinks I Still Care」:George Jones
「P.T.109」:Jimmy Dean
「Adios Amigo」:Jim Reeves

 この年は比較的地味な曲が多かったようですし、あまり強く記憶に残っていないところをみると、
他の遊びが忙しくてラジオを聞く暇が無かったのかな〜、などと過去の記憶をたどったりしています。

「Crazy」 が今でも有名ですが、パッツィ・クラインは、女性歌手の中ではあまり好きではなく、
むしろその後輩の、ロレッタ・リンがお気に入りです。
 パッツィ・クラインの強弱を効かせた歌声にどうしても馴染めないのですが、
彼女は In Care Of The Blues」 「Walkin' After Midnight」 など素晴らしいブルース・ナンバーも残しています。
ロレッタ・リンについては後に取り上げたいと思っています。
 ハンク・スノウ、マーティ・ロビンス、ジム・リーブス、と大御所も頑張っていたようです。

「Old Rivers」 は、ウォルター・ブレナンの語りだけのものですが、
これがトップになるというのもアメリカらしいところです。
「リオ・ブラボー」では、くしゃくしゃ顔で、ジョン・ウエイン、ディーン・マーチン、
リッキー・ネルソンを向こうに回して、見事なハーモニカを聞かせてくれたものです。
 

「Johnny Cash」


「1964:Billboard Country Hits」
     

「Once A Day」:Connie Smith
「Understand Your Man」:Johnny Cash
「Dang Me」:Roger Miller
「Saginaw, Michigan」:Lefty Frizzell
「My Heart Skips A Beat」:Buck Owens
「The Race Is On」:George Jones
「I Guess I'm Crazy」:Jim Reeves
「Chug-A-Lug」:Roger miller
「Together Again」:Buck Owens
「Begging To You」:Marty Robbins


 中では、
「Once A Day」 が、この年の圧倒的なヒット曲だったと思います。
コニー・スミスは、リロイ・ヴァンダイクと共に来日した際も、この歌を歌いました。
 元気の良いお嬢さんと言った感じでしたが、彼女については、今でもこの1曲しか知りません。
CDショップへ行って、他の曲をと思うのですが、これ以上の曲が無かったら、などと
おかしな自制心がはたらくのです。

「Understand Your Man」…ジョニー・キャッシュは、現在では相当人気が高いはずですが、
やはり成人してから聴いた歌手だけに、想い入れが湧いてこないのは仕方ありません。
 

「Roger Miller」


「Dang Me」 「Chug-A-Lug」…ロジャー・ミラーは、
本格派好きの私には苦手な方ですが、
これも、いかにもアメリカ人好みの歌で、
カントリーが変わってきたことを感じさせる歌手です。

「Together Again」…バック・オーエンスは、恐らく新しいカントリー時代の代表格でしょう。
素朴なカントリー・ミュージックが、ナッシュビル・サウンドと呼ばれる派手な伴奏付きの
音楽に変わっていったのがこの頃です。

 でも、最近のカントリー・ミュージックと称して、ヤンキー放送から流れてくるものに比べたら、
遥かに音楽性に富んでいた、心地よいものだったことは間違いありません。
 就職後もずっとカントリー番組は楽しんでいましたが、いつの頃から、
今のようなわけのわからない音楽になってしまったのか、チョッと思い浮かびません。
 これも恐らく、ヒルビリー調のものでは、新しい時代に厭きられてしまうという
危機感から出発したのでしょうが、ただ騒がしい音楽に成り下がった、というのが私の感想です。

「Saginaw, Michigan」 ♪「I Guess I'm Crazy」 ♪「Begging To You」…、
ホンキー・トンクの感じが、私のカントリー・ソングですから、レフティ・フリッゼル、
ジム・リーヴス、マーティ・ロビンス、など、彼等の晩年のヒット曲には、
ホッと、心なごまされるものがあります。

 これらは、私の学生時代のヒット曲で、全てラジオから聴いていたはずですが、
63年のCDだけ欠けていて、この年どんな曲が流れていたのか気になるものです。
 いつか、買って確かめたいとは思っていますが、今のところ記憶からスッポリ抜け落ちている状態です。

 
60年代以降のカントリー・ソングを歌うことも、もちろんありましたが、
ほとんどは、50年代以前の曲を覚えるのが精一杯で、
新しい曲をすぐレパートリーに加えるなんてことは出来ませんでしたし、
音楽の質が変わってきてしまったというのも大きな原因だったと思っています。
 カントリー以外の音楽も聴いていましたからなおのこと〜。
兎も角、学生時代に流行っていたカントリー・ミュージックは聴いて楽しむ音楽だったようです。


 カントリー・ソングというのは、ギター片手に気軽に歌えるもの、と思っていますから、
あまり複雑な音楽になってしまうと、自分の手から離れていってしまうものです
      


  Aの2の2 社会人になってからのカントリー・ソング
      
 ★ 好きな女性カントリー歌手:ロレッタ・リン

「Loretta Lynn


社会人になってからは、職場で密かに、家へ戻ってから、そ
して自営の時期はなおの事…、
どんな生活状態の時でも、音楽を聴いていられたというのは、
今思うと幸せでした。

音楽が心の支えだった、と言い換えたほうが当たっているのかもしれませんが、
ディキシー、スィング、モダン、ブルース、カントリー…、相変わらず、いろいろ聴きました。

 カントリー音楽はFEN専門で、それもながら族でしたから、しっかり聴いたことがありません。
また自分で歌わなくなったということもあり、歌を覚えるということがなくなりました。
 沢山の男性歌手の歌も聴き、テープにもとりましたが、
現在CDを買ってまで聴きたいという歌手は見つかりません。
せいぜいウイリー・ネルソンのカセットと、トム・T・ホールのレコードを買った程度ですから〜。

 ボビー・ベア、ウェイロン・ジェニングス、チャーリー・プライド、アーネスト・タブ、
バール・アイビス、ケニー・ロジャース、ロイ・ドラスキー、マール・ハガード…、
名前だけは出てきますが、彼等のヒット曲は浮かんできません。
聞き流しているようでは、記憶も曖昧なのは仕方ないと思っています。

 現在では、むしろ女性歌手のほうが懐かしくて、何枚かのCDで楽しんでいます。
 女王キティ・ウエルズはもちろん、パッツィ・クラインそして、ロレッタ・リンは、
学生時代から知っていましたが、FENでおなじみで、今でも大好きな歌手というと、ロレッタ・リンです。
 声が好きなのは当然ですが、彼女には、本格的なカントリー歌手というイメージがあります。
女性にしてはチョッと泥臭く、垢抜けない感じのせいなんでしょうが…。

・「Loretta Lynn 20 Greatest Hits」
「Loretta Lynn 20 Greatest Hits


 CDショップを覗いた時、
懐かしい曲を沢山見つけて買ったものですが、
気に入ってよく聴いています。
アルバムには、彼女を好きになった最初の曲:

「ホンキー・トンク・ガール」
 が無いのが残念ですが、
ラジオで知ったヒット曲ばかりで、なじみの無いのは2〜3曲だけです。

「Blue Kentucky Girl」
「You Ain't Woman Enough To Take My Man」
「Don't Come Home A Drinkin'」
「Fist City」
「Your Squaw Is On The Warpath」
「Coal Miner's Daughter」
「You're Looking At Country」
「One's On The Way」
「Rated X」
「They Don't Make 'Em Like My Daddy」
「The Pill」
「Love Is The Foundation」
「Hey Loretta」
「When The Tingle Becomes A Chill」
「Out Of My Head And Back In My Bed」
「Somebody Somewhere Don't Know What He's Missing Tonight」
「She's Got You」
「We've Come A Long Way Baby」
「I've Got A Picture Of Us On My Mind」
「I Lie」


 特に気に入っていた曲といえば、
「Blue Kentucky Girl」 「Coal Miner's Daughter」「Love Is The Foundation」 あたりですが、
「One's OnThe Way」 「Don't Come Home A Drinkin'」「Rated X」 「Fist City」
「Your Squaw Is On The Warpath」「Out Of My Head And Back In My Bed」 
なども
、長い間FENのラジオからは、ヒット・ソングとして流れていたもので、好きな曲です。
「She's Got You」 は、パッツィ・クラインの曲ですが、これはロレッタでもヒットしたものです。

 もう一枚買ったCDにも、
「I Fall To Pieces」「Crazy」「Walkin' After Midnight」 というパッツィのヒット曲や、
「Me And Bobby McGee」 ♪「Y'all Come」 ♪「Spring Fever」
 などがあって、
彼女のレパートリーの広さを感じますが、
やはり、ラジオで聴いた、オリジナルの曲以外はピンときません。

 ラジオでは、コンウエイ・トゥエッティとのデュエットなども、随分聴いた覚えがありますが、
「ルイジアナ・ウーマン・ミシシッピー・マン」 ぐらいしか想い出せません。
あまり、デュエット曲というのが好きではなく、唯一の例外が、
タミー・ワイネットとジョージ・ジョーンズのものです。
いずれ彼らについても触れたいと思っています。
デュエット嫌いは、恐らく子供の頃沢山観た、ミュージカル映画のせいだろうと思っています。
 大抵の場合、男性の声が優しくて気味悪いのです。

「歌え!ロレッタ愛のために/Coal Miner's Daughter」
 彼女の自伝小説の映画ですが、映画館ではなく、ひょんなことで深夜テレビで観ました。
 封切り当時を憶えていませんが、ロレッタ・リン役のシシー・スペイシックという女優が、
アカデミー賞を受賞したそうです。彼女を知りませんし、
80年代には、あまり映画館へ足を運ぶということが無かったので知らないのも当然です。

 彼女の歌には、ホンキー・トンクの香りと魅力を感じていたのですが、
実人生は、ハンク・ウイリアムスばりに、山あり谷ありの波乱に満ちたもののようでした。
 旦那役でトミー・リー・ジョーンズが出ていたのには驚きました。
こちらは今をときめく大スターですが、こんなところで頑張っていたのか、
と妙な感心をしたものです。

 映画の題名でもある、
「Coal Miner's Daughter」 は、もちろん彼女の自作の曲ですが、
ケンタッキーのブッチャーハラーというところが故郷で、自分は炭鉱夫の娘だと歌っています。
 旅回りの生活でのエピソードと、ステージで歌う彼女の歌が上手く構成されていて、
よく出来た映画でした。
 社会人になって、パッツィの歌を聴かなかったのは、彼女が早死にしてしまったからなんだ、とか、
彼女とロレッタの親しい関係などもこの映画で知ったことです。

 女性歌手ともなれば、華やかなステージで歌う姿を想像しがちですが、
映画では、当時のカントリー・シンガーの生々しい生活が実に上手く描写されていて、
彼女の数々のヒット曲も、実は、苦難の生活から生まれたものばかり、ということが理解できました。
 なんと言っても29才の若さでおばあちゃんになったというのですから、尋常ではありませんが、
いつも前向きに生きた姿、優れたシンガー・ソング・ライターであることを知って、
一段と好きになったものでした。

 彼女の実の妹で、上品なカントリーを歌ったクリスタル・ゲイルがいるのですが、とりあえず、
次は、おしどり夫婦として想い出深い、タミー・ワイネットとジョージ・ジョーンズあたりを…。


 ★ タミー・ワイネットとジョージ・ジョーンズ
「Tammy Wymette & George Jones」

 ジョージ・ジョーンズとタミー・ワイネット…、
常に一緒に想い出されるアーティストです。
もちろん、ジョージ・ジョーンズは、
私好みのカントリー・シンガーらしい男ですし、また、
タミー・ワイネットも、誰もが認める女性歌手の実力者だと思いますが、
この二人には、チョッと変わった想い出があるのです。

 タミー・ワイネットを知ったきっかけは、FENカントリー番組での話題とヒット曲からでした。
「スタンド・バイ・ユア・マン」 は、それこそ飽きるほど毎日流れていましたから、優しそうな歌声の、
その1曲だけで身近な存在になったのですが、他にも次々と、彼女のヒット曲を聴いていた憶えがあります。

 ある日、
「ザ・セレモニー」 というデュエット曲がラジオから流れてきた時は、チョッと戸惑いました。
なんと、彼女とジョージ・ジョーンズの2人が、牧師の前で結婚の誓いをしている曲だったのです。

 こんな歌がヒット・チャートを賑わすなど、全く前代未聞の話ですが、ジョージ・ジョーンズは、
以前からハンク・ウイリアムスの信奉者として、また男っぽい歌手として身近な存在でしたから、
この2人が結婚したと聞いて、年代的なギャップもあるのだろうに、などと考えながらも、
その後、夫婦によるデュエットのヒット曲を、次々聴くに及んで、
こんな素晴らしい夫婦というのもアメリカにはいるんだなあ、などと、
心温まる思いでラジオを聞いていたものです。

 しかし、いつの間にか2人は離婚していたようです。それを知ったのは、
DJが、タミーが離婚してアルコールに溺れるジョージ・ジョーンズを再起させるために
献身的な努力をしている、というような話をしていたからです。わが事のように衝撃を受けたものでした。
なんと言ってもそれまでのデュエット曲が、あまりにも甘く、仲の良い雰囲気でしたから…、
歌のとおりに、おしどり夫婦だろうと想像するのが自然というものです。

 でも、タミーが、ジョージのために、レコード会社へ働きかけているとか、けなげな様子を聞くに及んで、
これが、また私の中でのタミー・ワイネットへの評価が一段と上がったものでした。

 その後2人についての話題が無かったので、それ以降のことは全くわかりませんが、兎も角、
タミー・ワイネットは、FENのカントリー番組を聞いていただけで、彼女の人間性にまで、
勝手に惚れ込んでしまったという、不思議な存在です。

 後にCDジャケットの彼女を見て、相当な美人である事を知って、ものすごく嬉しかったものです。
それに、若い頃は美容師をしながら歌っていたんだそうで、なんとも魅力的なキャリアです。
 ついでながら、同じ時期に、ドリー・パートンもヒット曲が多く、タミーというと、ドリーの変てこな声と、
いくつかのヒット曲も一緒に頭に浮かびます。
 なお、CDショップでは、タミー・ウィネットと表示されていましたが、
耳で記憶されたタミー・ワイネットという彼女のイメージを、今更変更するわけにはいきません。

「Tammy's Greatest Hits」 
「Tammy Wymette 」

「Stand By Your Man」 
「Singing My Song」 
「Take Me To Your World 」 
「Apartment#9」 
「D-I-V-O-R-C-E」 
「I Don't Wanna Play House」 
「Your Good Girl's Gonna Go Bad」 
「Run,Angel,Run」 
「Too Far Gone」 
「Almost Persuaded」

 全部をFENで聴いたわけではないと思いますが、どれも聞き覚えがあり、
特に
「Stand By Your Man」 は、その後いくつかの映画の中で使われ、
一層懐かしい思いをしました。
 私の中では、タミー・ワイネットは、カントリー・シンガーというより、
なぜか昔の恋人のような感じのする不思議な存在で、
彼女の優しく素敵なハスキー・ボイスが妙に身近に感じます。
きっとジョージ・ジョーンズとの出来事が、自分のことのように懐かしいからなんでしょうが〜。

・「George & Tammy Greatest Hits」
「Tammy Wymette & George Jones」

「Golden Ring」 
「We're Gonna Hold On」 
「We Loved It Away」 
「Take Me」 
「Near You」 
「Southern California」 
「God's Gonna Get'cha」 
「The Jet Set」 
「Let's Build A World Together」 
「The Ceremony」

 このデュエット・アルバムのほとんどを、FENで聴いた憶えがあります。
「Take Me」 ♪「Near You」 などは、
ラヴ・バラードとしてジャンルを超えた素晴らしいデュエットで、大好きな曲です。
 アーティストだから、仕事と割り切れるんでしょうが、普通の人が離婚した後、
このようなアツアツ時代の記録を堂々と発表するなんて、チョッと絶えられない話です。

 カントリー・ミュージックではデュエットがなぜか盛んで、沢山の曲を聴いてきましたが、
どうも気に入りません。カントリーは男の音楽という意識があって、
男女で歌うというのが何となく女々しく感じてしまうのかもしれません。
とは言うものの、自分が歌わなくなってからは、むしろ女性シンガーのほうが
お気に入りというのですから随分矛盾した話です。
まあ、そんな身勝手な私が、唯一気に入っている組み合わせが、タミーとジョージで、
これは理屈ではないのでどうしようもありません。

「The Best Of George Jones」


「George Jones」

ジョージ・ジョーンズは、ハンクに憧れていただけでなく、
若い頃から安酒場で歌い、アル中であったこともハンクに似ていて、
歌も自分の境遇を思わせるハンクばりで申し分ないところです。
 もちろん、彼が、いかにもカントリー・シンガーらしいということが、
お気に入りの一番の理由ですが、そんな彼を知ることのできるアルバムです。


「Why Baby Why」 
「What Am I Worth」 
「Just One More」 
「Don't Stop The Music」 
「Color Of The Blues」 
「White Lighting」 
「The Window Up Above」 
「Tender Years」 
「Aching Breaking Heart」 
「She Thinks I Still Care」 
「A Girl I Used To Know」 
「We Must Have Been Out Of Our Minds」 
「You Comb Her Hair」 
「The Race Is On」 
「I've Got Five Dollars And It's Saturday Night」 
「Love Bug」 
「I'm A People」 
「Walk Through This World With Me」 
 
これらは全てタミー・ワイネットとの結婚以前のヒット曲です。
「Why Baby Why」 
は、まったくハンク・ウイリアムスの物まねといった感じですが、
その後のヒット曲は、彼のスタイルを確立して、骨っぽいカントリー・ソングばかりです。
 彼のキャリアを素直に歌ったものが多いようで、どれも聴き応えがあります。

「Just One More」 ♪「Don't Stop The Music」 ♪「The Window Up Above」 「Tender Years」 
「She Thinks I Still Care」 「The Race Is On」
 などは、特に想い出深い曲です。

 
ドリー・パートン、エミルー・ハリス、クリスタル・ゲール他
「Country Ladies」

 
FEN放送を通じて、かなりの数のアーティストの
ヒット曲を聴いてきたはずですが、
70年代以降のカントリー・シンガーについては
あまり印象が強く残っていません。
 名前や曲を聞いて、“ああ、そんな歌手もいたし、
そんな歌もあったな〜、”ぐらいの感覚です。
でも、女性歌手については憶えている曲もあって、何枚かのCDを買うことになりました。

 ドリー・パートン
 独特の可愛らしい?声が気になっていましたし、丁度タミー・ワイネットと同じ頃
ヒット・チャートで競っていましたから、曲も良く憶えていました。
・「Dolly Parton」

「Dolly Parton」

ラジオで繰り返し聴いた、ヒット曲ばかり入っているCDです。
「Jolene」 
「I'm A Drifter」 
「Coat Of Many Colors」 
「I Will Always Love You」 
「Two Doors Down」 
「Love Is Like A Butterfly」 
「Applejack」 
「The Bargain Store」

 どれも、懐かしいのですが、中でも 
「Coat Of Many Colors」 が一番気に入っていました。
「I Will Always Love You」 は、最近映画:「ボディ・ガード」でホイットニー・ヒューストンが
歌って、再びヒットしたようです。
また、ドリー・パートン自身もいくつかの映画出演していたらしく、テレビの再放送で、
あのアッパッパの髪の毛に大きなバスト姿というのを何度か見ました。
 いかにもアメリカ人が好きになりそうな、典型的なヤンキー娘といった風情で、
マリリン・モンローとイメージがダブります。
顔と声がアンバランスというところまで良く似ています。
ただ、このアルバム全ての曲を自分で作っているように、
才能のある女性シンガーであることは間違いないところです。


エミルー・ハリス
 
彼女も70年代から80年代に活躍したはずですが、
チョッとフォーク歌手の雰囲気をもった歌手でした。
・「Profile Best Of Emmylou Harris」

「Emmylou Harris」

「One Of These Days」
「Sweet Dreams」
「To Daddy」
「C' est La Vie」
「Making Believe」
「Easy From Now On」
「Together Again」
「If I Could Only Win Your Love」
「Too Far Gone」
「Two More Bottles Of Wine」
「Boulder To Birmingham」
「Hello Stranger」

 ほとんどの歌は、ラジオでおなじみでしたが、初めて聴いた

「Making Believe」「Together Again」 などの
カバー・ナンバーも、キティ・ウエルズやバック・オウエンスとは違って、
彼女独自の魅力に溢れた歌に仕上がっているようです。
 この頃になると、伴奏も華やかになり、リズムも強烈で、時代の変化を感じるのですが、
それでも彼女の声はハリとノビがあるので、肝心の歌が聞こえないなんていう、
今ごろのカントリー・ソングとは違います。

 
クリスタル・ゲイル
 彼女は、私のお気に入りロレッタ・リンの実の妹ということもあって、気になっていました。
お姉さんとは違い、上品な声で、上品なカントリー・ソングを歌いましたが、
80年代以降の歌手ですから、全部のヒット曲を聴けたわけではありません。
それに、カントリーとは呼べないスロー・バラードなども歌っていましたから、
お姉さんのような正統カントリー・シンガーではないようです。
もっとも、この頃に正調カントリーなんていう言葉がまだ生きていたのか、
大いに疑わしいところですが〜。

・「Crystal Gayle All-Time Greatest Hits」

「Crystal Gayle」

「Don't It Make My Brown Eyes Blue」
「I'll Get Over You」
「Talking In Your Sleep」
「Why Have You Left Yhe One You Left Me For」
「I'll Do It All Over Again」
「Wrong Road Again」
「Somebody Loves You」
「When I Dream」
「You Never Miss A Real Good Thing」
「I've Cried」
「Everybody Oughta Cry」
「I Hope You're Havin' Better Luck Than Me」


 この中では、何と言っても
「Don't It Make My Brown Eyes Blue」 
「I'll Get Over You」 「I'll Do It All Over Again」

 
あたりが大ヒットしたことを良く覚えています。

 他にも、ビリー・ジョー・スピアーズ、ドナ・ファーゴ、バーバラ・マンドレル、ノーマ・ジーン、など
女性歌手の名前を憶えていたのですが、どんな曲だったのか忘れていましたから、
最近3枚組みのオムニバスCDを買って、久しぶりに彼女達の歌声に再会しました。

 
「Tom. T. Hall」

 
トム・T・ホールのLPレコードは、
確か70年代に買ったはずですが、
彼の曲は、ロック調の騒がしいサウンド重視の
カントリー・ヒット曲の中にあって、
際立って魅力的に感じられたものでした。
「クレイトン・デラニーが死んだ時」 を聴いた時は、
カントリーというのは本来この歌のように、
しっとりした雰囲気で歌詞を重視した音楽でなくては…、と、心を洗われる思いがしたものでした。
 来日した時もこの曲を歌ったのですが、落ち着いた現代の吟遊詩人といった風情で、
大いに好意を抱いたものです。
 
 今でも、ラジオで最新のカントリー・ヒット番組を聴くことがあるのですが、
もう昔のなごりさえありません。まず、うるさくて歌がよく聞き取れません。
私が女性カントリー歌手を懐かしく感じたのも、当時男性歌手のほとんどのヒット曲が、
既にこんな調子だったせいなんだろうなあ、と思い返しています。

 最後に…

 
ジミー・ロジャース
 彼はアメリカに芽生えたカントリー音楽を、広く一般に親しまれるものへ発展させたアーティスト
として有名ですが、なにぶんリアル・タイムではお目にかかっていませんから詳しい事は知りません。
但し、我がハンク・スノウが彼に憧れて歌手になったとか、
ハンク・ウイリアムスのホンキー・トンクの原点だと聞いていましたから、気になる存在ではありました。
 もちろん彼の歌も以前から聴いてはいましたが、アルバムを聴くと、
彼の短い生涯の中で果たした多彩な活動やクリエイティブな音楽性に、あらためて驚かされます。
…ついでながら、私がアマチュア・バンドで歌っていた頃、
彼の名前を黙って拝借していたこともここで告白しておきます。

  
「Jimmie Rodgers」


・Country Legends / Jimmie Rodgers
「Blue Yodel #1」「Missisippi Delta Blues」 
「Peach Pickin' Time In Georgia」 
「My Blue Eyed Jane」「Train Whistle Blues」 
「Blue Yodel #9」「Let Me Be Your Sidetrack」 
「Blue Youdel #8」「My Good Gal's Gone Blues」 
「Travellin' Blues」 「Jimmie's Mean Mama Blues」 「Miss The Mississippi And You」 
「Any Old Time」 「Why There's A Tear In My Eye」 「Gambling Polka Dot Blues」 
「No Hard Times」 「Jimmie Rodgers' Last Blue Yodel」 

 1930年前後のアメリカの音楽事情が垣間見れるような、興味深い曲ばかりです。

 オーケストラを、ジャズ・バンドを、ギター・バンジョー・フィドルをバックに、
多彩で意欲的なコラボレーションが楽しめます。
カーター・ファミリーとの合唱などは普通ですが、

「Blue Yodel #9」 
では なんとルイ・アームストロング夫妻の伴奏で
彼が歌っているのです。私は、常々音楽にジャンルの垣根など不要だと思っているのですが、
ここではカントリー歌手がジャズ奏者と一緒に、ブルースをさりげなく聴かせてくれているのです。
 ジャズもブルースもカントリーも大好きな私にとっては、また、現代の細分化された音楽ジャンルを
苦々しく思っている私にとっては、正にしてやったりという気分です。

 彼はアメリカン・ブルー・ヨーデラーと呼ばれているようですが、その侘しげな響きは、
間違いなくハンク・ウイリアムスに受け継がれたようですし、その後のカントリーの形を決定づけた、
偉大なクリエーターであったことは間違いなさそうです。


 …思いつくまま書いているうちに、いつの間にか随分長い文章になってしまいました。
 カントリー・ミュージックは、私のこれまでの音楽体験で、かなり大きな比重を占めていたので
書き出すときりがありませんが、ここらあたりで一応お終いにしようと思います。

 「追記」
 コニー・スミス

「Connie Smith」


・The Essential/Connie Smith
「Once A Day」 「Nobody But A Fool」 「I Can't Remember」 
「Cry Cry Cry」 
「Then And Only Then」 「If I Talk To Him」 
「Ain't Had No Lovin'」 「The Hurtin's All Over」 
「I Never Once StoPed Loving You」 「You And Your Sweet Love」 
「Cincinnati Ohio」 「I'll Come Running」 「Burning A Hole In My Mind」 
「Run Away Little Tears」 「Ribbon Of Darkness」 「Just One Time」 
「Just For What I Am」 
「Love Is The Look Your'e Looking For」 「If It Ain't Love」 「How Great Thou Art」 


  社会人に成り立ての頃、彼女の 「Once A Day」 が明けても暮れてもFENから流れていたものでした。
なんと元気な女性だと思っていたのですが、来日した時に見た感じでは、大人しそうな娘さんと言った雰囲気でした
(実は早くから結婚していたようですが)

 ともかく彼女については、ヒットしたその1曲しか聴いた事がありませんでしたから、
秘密のベールに包まれていたようなものでした。
CDショップで何気なく取り上げてみて、ジャケットの写真を見ただけで迷わず買ってしまいました。
実際に見た印象ではこれほど美人という感じではなかったのですが…。

 どの曲も、彼女の元気な声に溢れていて、歌唱力はカントリー・シンガーの中でも
トップ・クラスだと思わせる上手さです。
ライナーには、彼女はシャイな性格だと書いてありますが、歌声は堂々としています。
 ロイ・エイカフが彼女を大好きだったという話も納得できますが、私のカントリー・シンガーの評価で言えば、
泥臭さや雰囲気にやや欠けているということになります。

 パッツィ・クラインに続いてトップ・ヒットを飾った彼女ですから、アメリカでの評価は相当高かったのだと思いますが、
その後ロレッタ・リン、ドリー・パートン、タミー・ワイネットなどの人気の影に隠れてしまったのではないでしょうか…。

 40年以上経って、コニー・スミスの幅広い歌手活動に接して、時間が逆戻りしたような懐かしい思いがしますし、
これが音楽の良いところだと思っています。

 
カントリー・ミュージックの続きは、いずれページを改めて書きたいと思っています。



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