冨吉 豊 の世界をあなたに・・・

コーリング

END

■コーリング

「ちゅらんさん」という朝のNHKの連ドラで、主人公が将来自分が何をやりたいか必死になって探しているときに、ある事に出会うシーンがありました。なぜそこに行くのか解らないけれども、つい、つい、そちらの方に足が向いてしまっている自分の気持ちを「何かに呼ばれているようだ」と表現していました。
それを聞いていた、主人公の隣に住む昔医者をやっていた人が、そのことを英語では「コーリング」と呼ぶんだよと言っていたのがとても印象的でした。Calling 「呼ぶ」という意味ですが、昔は聖職につく「仕事」という意味にも使っていました。「神から呼ばれる」という意味でした。「仕事」というのは、何らかの意味で呼ばれている事への「応え」という意味だったと思われます。応えるというのを英語で「respond」と言いますが、語源はサンスクリット語の「spend:捧げ物をする」という言葉からきています。(Sponsor(スポンサー)というのはその能力のある人のことを言うのかもしれませんね。)
「呼ばれてそれに応えていく」、その能力があるかないかを英語では、
「responsibility:応えられる能力=責任」と言っています。人と人の関係、物と人の関係、動物と人の関係。その関係の中に「この呼ぶ声」を聞ける人はどんなに幸せか、ちょっと足を止めて考えて見てください。この声に応えていく人間の生き方を「行為:conduct=一緒に行くとか導く」とよび、動物的な「行動」と分けているのです。人の行為には常に責任がついてまわるというのはこの事を言おうとしているのですね。 だから、一緒に在るのだとか、一緒に生きているのだ、ということが感じられなくなったとき、人は責任を持つことを放棄してしまうのです。これは二十歳になったら法的な責任が自分にかかってくると言うようなものではなくて、もっと僕たちの生活の根っこにあるものだろうと思います。「一緒に歩いている感覚があるのか」「一緒に生活をしている感覚があるのか」が一番大切なことなのかも知れません。人は常に、誰かに、また、何かに向かって叫びながら生きています。時には、大声で。時には、涙混じりに自分にすら聞き取れないのではないかと思われるくらい小さな声で「助けて!」であったり、「バカ野郎!」であったり、「好きなんだ!」であったりしますが、これらの底には「あなた」と心をこめて呼べるものを、また、そのものと共に生きられる世界を探しているのかも知れません。そして、そこに「応え」てくれるものや、人がいたら、どんなに素晴らしい世界を創れるかを想像してみて下さい。「責任」ってそんなに重いものではないかも知れませんね。
こんな心の叫びのうた詩を聞いてみませんか。

17歳の心のうた詩
徳江仁美
H13.4.11
大人になって子供ができたらきっと子供にこういう質問をされるでしょう。「どうして僕は生まれたの?」それは神様が決めたこと。私には答えられないかも知れません。神様は人間一人一人に住んでいると思います。全てを見透かしているその目に何が映っていますか。幼い男の子が不思議そうな顔であなたを見ていますか。この美しい桜が見えますか。"生まれる!"それは一種の始まりでもあり、終わりでもあるかも知れない。この世に、
"生"を受けたときから、苦しみや、悲しみを味わいます。しかし、その分楽しいこと素晴らしいものが待っています。"生きる"これはきっと神様には分からないことなんじゃない?!私はここにいて、あなたもいる。みんな生きているんだね。だから手をつないで一緒に走ったり歩いたりしよう!そしたらその質問の答え、自然と伝わっていくと思う。無限に広がる宇宙を囲んで、みんなで手をつなごうよ☆あたたかい手と手を…………。


H13.4.11
「ワンワン」……私が幼い頃に一番最初に覚えた言葉。まだカタコトだったけれど精一杯伝えようとしていた。そして今、いろいろな言葉を覚えたし、教わった。だから会話をすることが楽になったし、言葉を選ぶようになった。昔の、あの精一杯に伝えようとしていた自分、いろいろな人から言葉を盗もうと耳をダンボにしていたあのころの私。言うこと、聞くこと、全てが新鮮だったあの頃……。いつしか忘れていった。人の声を聞こうともしない。自分の声で言おうともしない。いつからこんなになってしまったの?目に見えるものしか信じなくなってしまったのはいつ頃?友達の心の声を聞き取れなくなってしまったのは?その叫びに対して肝心な言葉を見つけられなくなってしまったのは?……そんな自分に腹が立ちました。知りすぎた言葉に恐怖さえ感じました。


2001.4.27.金
「部屋」
ここで2年間、部活の仲間と一緒に過ごしている。
この狭くて汚い空間だけと、私の存在を一番に受け止めてくれる場所だと思う。本音を言える仲間、本気でぶつかり合える友達……本当にお互い支え合っているように思えた。テレビもベッドも何もなくて汚い部屋だけど、一番居心地がいい。それに安心できるみんな、一人一人の存在がしっかりある。  −P8−
小さくてせまくて汚い場所だけど、すごく大きくて広い場所でもある。
こんな素晴らしいものが私にはある。ありのままのかざらない私がいる。それを受け入れてくれる友達がいる。一生大切な場所。一生忘れない。ここにいて良かった。いつでも私を待っていてくれる。いっぱい、いっぱいありがとう。あなたがいてくれたから、頑張れた。だから、これからも自分のできるだけ、やれるだけ頑張ってみるね(*^_^*)
でも、私はあなたに何をしてきたかな?何が出来るかな?この3年間、一番長く過ごした場所。1つ、1つのものに沢山の思い出がある。またいつか戻ってくる日が来るかな?この場所で一緒に過ごした友達と………。
たくさん、たくさんありがとう。それに、いっぱい、いっぱいごめんなさい。私もみんなもここにある存在、みんながみんなとても大切に思っていて……素晴らしい場所なんだ。


H13.5.17(木)
「戦友達へ」
12m×12mの青いマットに自分たちの全勢力を尽くす。ここで、これまでの喜び、悲しみ、苦しみなど積み重ねてきた思いを、1回の演技にぶっつける。2分30秒……共に悩み、共に涙を流した仲間。一人一人にあるドラマの一場面、一場面が、大きなものになった。そして、観る人々全てを感動させた。
誰か一人でもつまずいた時は、先輩も後輩も関係なく手をさしのべたよね。心に負った傷も、誰かしら手当してくれたよね。時にはわざと傷つけて、その人の心に頑張らなきゃ!!という気持ちを奮い起こさせたよね。あまりにも一生懸命になりすぎて疲れてしまったこともあったけど、その時にも肩を貸して休める場所へつれてってくれたね(^_^)自分の弱さもさらけ出せる。強がっていても結局気づかれてしまうね。みんなのことすごく大好きで大切だよ☆時には腹の立つこともあるけど、みんなを失ったら本当にダメになってしまうかも知れない。こうして一緒にいるのが、あたりまえで、すごく自然でかけがえのないものだから。
ありがとう。この言葉でも足りないくらい感謝の気持ちでいっぱいだよ!!
こんなに多くの感情を一緒に味わってきた人は、これから先現れないかも知れないね。
だからこそ解り合えるのかな(*^_^*)
倒れても転んでも、力を合わせて一つずつ立て直していったよね。これからもずっと一緒だよ☆みんなが育ててきた小さな芽にもうすぐ花が咲きそうだから(*^_^*)いろんな色の花びらをつけて……この花をまたみんなで守っていこうね☆
とても大切で、大好きなみんな………
共に戦ってきた戦友達へ………………

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